それは、書き手の意図というよりは、読者ニーズの結果なのだと思いますが、なぜ読者はこうした自己啓発書のテクニックに惹かれるのでしょう。なにか社会的圧力があるからなのでしょうか?
『自己啓発の時代』を書いたあと、書評会をいくつか開いていただいたのですが、そこで必ず言われたのが「自己啓発書の読者はどんな人たちで、どんな風に読んでいるのか」ということでした。そこで昨年から今年にかけて、読者インタビューを重ねてきたのですが、その語りのうちに「社会」をもし見出すとするならば、今日の職場環境が人々を自己啓発書に向かわせているいくつかの局面がみえてくるのかなと思っています。たとえば若い人であれば、上司が疲弊していてアドバイスしてもらえないとか、あるいは30代以上であれば、若い時は上司や先輩などのロールモデルから基本を教わってこれたけれど、役職につき部下をもつとき、自分がロールモデルにならねばいけないし、もはやその年代になって人に教えを請うわけにはいかないとか。女性の場合は、30代や40代まで働き続けてきたけれど、気づくと同期が皆やめていたとか、初めてその職場での女性管理職になったとか。あとは、フルコミッションの給与体系のなかで少しでも自分の引き出しを広くもちたいと思っている人や、業界の動きがますます激しくなるなかで研鑽する必要を感じている人や、会社が外資系企業の傘下に入って自己啓発を求められるようになった人など……。本当に色々なパターンがあって、一概にまとめることは難しいのですが、大きくいえば、働くことにおけるロールモデルが不鮮明になってきたこと、競争的な環境のなかで自己啓発に向かわせる組織内外の圧が高まってきていることがいえるのかなと思っています。
そういった考え方によって犠牲にしているものはあるのでしょうか?
率直にいえば、わかりません。自己啓発書を読む人の多くは、自分自身が抱える問題、置かれた状況に何とか向き合おうとしてそれらをわざわざ手に取るわけなので、啓発書を読むという行為をあまり規範的に私が評価したくないというのもあります。ただ、先日「現代思想」という雑誌で社会学者の仁平典宏さんと対談をしたのですが、その時のキーワードが「冗長性」だったことが今の問いに関連するかもしれません。つまり、自己啓発書が広く読まれる社会を、今ある持ち物で頑張ってサバイバルしていくという心性が広がる社会だと考えると、たとえば自分のことなんて深く考えていようがいまいが大して変わらないとか、それなりに働いていればいいや、というような「ゆるい」考え方はあまり許容されなくなるのではないかと思うのです。いわば、社会における「ハンドルのあそび」がなくなって、働くことに関して強圧的な方向に舵が切られ過ぎてしまうのではないかと思うのです。自己啓発書のなかには、「職場で仕事が辛いのはあなたの心の問題」とするものも多くありますが、それもまた、働くことに関する「ハンドルのあそび」を奪い去って、労働強化の方向に読者を誘っていくことにつながるのかなと思います。それでうまくいく場合はいいのですが、きつくなる場合もあるのではないかなと。
引き続き自己啓発書を題材にした研究をする予定ですか?
はい。『自己啓発の時代』を書くまで、つまり博士論文を書くまでに数百冊の自己啓発書を読んでいて、前著を刊行した時点で「もう自己啓発書は読みたくない! 読まない!」と強く思っていたのですが、PRESIDENT Onlineでの連載をやることになって、また一年で数百冊読むことになり、せっかく連載のためにあれこれ読んだから、これをまとめようと思ってさらに数百冊読んで、ということでまだ読み続けています。『自己啓発の時代』で考えようとしたのは「自己啓発書はどんな『自己』を作ろうとしているのか」ということでしたが、また違った観点というか、ほぼ逆の観点から自己啓発書の世界観について考えてみようと思っています。それと前著の至らなかった点、先の読者インタビューとかですね、それらを盛り込んでまとめられたらいいなと思っています。ただ、博士論文を書き始めてから今までに自己啓発書を千数百冊くらい読んだことになると思うのですが、さすがに今度こそしんどくなってきていて、今やっていることをまとめ終えたら、正直なところ当分自己啓発書とは距離を置きたいと考えています(笑)
千数百冊!? ですか。ものすごい量の自己啓発書を読んでいるんですね。
いえ、もっと読んでいる方はたくさんいます。自己啓発書の評論をされている水野俊哉さんや土井英司さんなどは、年に千冊くらい読むとか、そんな話をどこかで読んだことがあります。ただなんにせよ僕には限界が近づいている感じはします(笑)
現在と今後の自己啓発書業界の行方についてはどう思われますか?
昨年から今年にかけて、編集者さんにもインタビューを行ってきたのですが、幾人かの方が、勝間和代さんや本田直之さんがブレイクした2008年頃をピークとして、今はスターがいなくなったとか、ヒットが出づらくなったというようなことをおっしゃっていました。テーマとしても、ドラッカー、掃除、スポーツものといったジャンルでヒットが出たあとは、割に落ち着いているようにみえます。今年上半期のベストセラーに『人生はニャンとかなる!』『人生はワンチャンス!』がありましたが、これは水野敬也さんが得意とするものというか、テーマの独自性というよりは見せ方の上手さに由来する部分が大きい気がしていて、そういう意味でもテーマの開拓は主な鉱脈はあらかた掘り尽くされてしまって、ますます見せ方の問題になっていくのかなと思っています。ただ見せ方が重要という考え方自体は特にここ1、2年の話ではないとは思いますが。
とはいえ、新しいテーマが開拓されないということは別に悪いことではなく、自己啓発書のゴールドラッシュが終わり、市場の拡大期が終わり、安定期に入ったことの現れなのかもしれません。単に市場の飽和と衰退であるのかもしれませんが。いずれにせよ、自己啓発書が書店の目立つところにずらっと並ぶようなここ10年くらいの現象は、私たちの社会の現状を映し出しているのだろうと思います。居並ぶ自己啓発書の顔ぶれが今とは異なった方向に変わっていく、あるいはそもそも自己啓発書ではない違ったジャンルの書籍にとってかわられる、そんな変化が起きたとき、私たちの社会はまた、今とは異なったところに進むことになるのではないかと思います。書棚から社会を読む、ということですね。
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自己啓発の時代 ―「自己」の文化社会学的探究―発行:勁草書房(2012)「自分探し」「自分磨き」「自分らしさ」「キャリアビジョン」などの独特の言い回しで現代人が問う「自己のあり方」。本書は、この現代的自己論をテーマにベストセラーとなった自己啓発書、就職マニュアル本、女性ライフスタイル誌、ビジネス誌を細かく内容分析。編集に携わる者、出版関係者は必読の書だ。 3,132円(税込み) |