——利用者の利便性から見るといかがですか?
コンテンツ数を増やすことですね。今弊社が扱っているコンテンツは13,000タイトル。日本全体では15,000タイトル強しかありません。アメリカではすでに10万タイトルを超えていますから、大きな開きがあります。弊社のオーディオブック配信サイトの品揃えをリアル書店に例えると、ビジネス書の書棚が埋まってはいますが、文芸や人文などの書棚がスカスカの状態です。これでは人は本を買わずに帰ってしまいますよね? ですから各ジャンルにおけるベストセラーとロングセラーはすべて揃えなくてはいけないと思っています。
ただ、オーディオブックは電子書籍のように1~2秒でスキャンしてできるものではなくて、声優さんが全部朗読し制作をする、完全にアナログの世界。手間もコストも電子書籍の10倍くらいかかっています。本来は、出版社がコンテンツを作るのが良いと思うのですが、そうなると自社で作ろうとは思いません。
——そんな余力はないです。
そういうわけで弊社が全部作っているのです。とはいえ、弊社も限界があって、工場のラインをフル稼働している状態が続いています。
「耳で聴く読書文化」を育て、本の楽しさを知ってもらう
——オーディオブックの制作についてお伺いしたいと思いますが、制作過程ではどのような方々が携わっているのでしょうか?
まず録音ですが、録音を担当するディレクターと録音助手がいて、朗読する過程をチェックしていきます。声優さんが読み間違いをすることも多いので、ディレクターが確認をして読み間違いをしたら、その場で録音し直します。
録音が終了すると次は編集です。編集はいろんな音源を組み合わせていく作業です。そこで一冊の本が5~6時間、長いものでは10時間ほどの1本の音源になります。そこからBGMなどの音楽をのせていくのです。そして出来上がった音源を再度確認して、読みが間違っていたらもう一度声優さんを呼んで収録し直します。
その時、表現も微修正します。たとえば、「何ページ目を見てください」を「何ページ目を聴いてください」にしたり、「先ほどご覧いただいた通り」を「先ほどお聴きいただいたように」に変更します。そして出版社さんに修正点を確認してもらい、音源が完了するわけです。だいたい一冊作るのに2~3カ月かかります。
——本一冊作るのと同じくらいの労力がかかっていますね。ナレーターはどうやって決めているんですか?
本には「本に合う声」というものがあるので、弊社からナレーターの候補を出して、出版社や作家さんに選んでもらいます。キャラクターの声にこだわる作家さんは多くて、とくに印象に残っているのは『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さんですね。この本にはコテコテの関西弁を話す神様「ガネーシャ」が登場するため、弊社から何人かの関西弁を話す声優さんを候補に挙げてご提案しました。しかし、なかなか首を縦にふってもらえません。最終的には標準語を話すベテラン俳優さんに関西弁の指導をつけて朗読してもらったのです。それがすごく良い仕上がりになりました。
あとは、文芸作品が大変ですね。ナレーターが一人で朗読するのならばいいのですが、たいていは登場人物の人数だけナレーターが必要なので大変です。
——登場人物ごとナレーターを替えているんですか!?ラジオドラマみたいですね。
もちろん、登場人物ごとにナレーターを替えている本もあれば、そうではない本もあります。本の中身によって表現方法は変えています。本の中身が面白ければ本はよく売れるわけで、だからといって本の面白さに甘えてはいけない。オーディオブックにはオーディオブックならではの表現があるのです。
紙の本の場合、作家さんは本のページをめくったときに生まれる行間も計算して作品を表現されているとよく言いますよね。それは、作家さんが紙の本が持つフォーマットをきちんと理解した上で執筆されているからです。けれども、オーディオブックは音なので、紙の本に込められた作家の意図が消えてしまいます。ですから、ただ文章を音に変えるのではなくて、作家の意図を音に込めないといけません。
——なるほど、それは面白い。
となると、どのように作家の意図を音で表現していくかを考える必要があるのです。そこはまさにディレクターの腕の見せどころですね。
——すると、物語の解釈によって仕上がりも変わりますね。
とはいえ、映画やアニメのように大幅に変わることはありません。たとえば、映画やアニメの場合は本の全部を映像化するのではなく、本の見どころを映像化していきます。すると、作家さんは「もっとこの場面を映像化してほしかった」と思うこともある。しかし、音声の場合はあくまでも地の文は地の文で読むため、極めて作家の意図に近いものになります。当たり前ですが、映像が困難と言われた作品もオーディオブックではいけますから。
——文化を築くためにはそうした制作者の情熱が不可欠です。もともと日本には講談や漫談など、耳で聴く文化が根付いていましたよね。
それは大正時代のことですよね。けれども、テレビが普及してからだいぶ消えてしまいました。とはいえ、テレビやラジオの比較のなかにオーディオブックがあるとは思っていません。アメリカではテレビがこれだけ普及した今でもオーディオブック文化が根付いています。
そうではなくて、今は眼を使う競合媒体が多い時代だからこそ、耳に光があたってもいいのではないかと思っています。スマートフォンを広げれば、漫画やゲーム、LINEにメールがあり、それらはすべて眼と手を使う必要があります。けれども、オーディオブックの場合は眼も手も使わずに耳が暇な状態であれば、聴くことが可能です。極論、ゲームをやりながらでもオーディオブックなら本は読めてしまうのです。“ながら聴き”ができるところがオーディオブックの良いところですから。
——たしかに、現在は眼が疲れて本を読む気になれない人もいるでしょうね。
読者を増やすためには、この眼の競合にどうやって打ち勝つかが要になります。売れている本は売れているわけで、読者が減っているのは、決して本のクオリティが落ちているからではありません。もちろん第2の電子書籍として市場を広げていくことは引き続きやっていかなければならないですが、純粋に本ということを考えると、どうすればもっと本の楽しさを知ってもらえるかのほうが大事だと思います。
「若者の活字離れ」ということが言われていますが、まずは若者に本の楽しさを教えていくのが大切なのではないでしょうか? オーディオブックをきっかけに本を楽しむことを知ってもらえればと思っています。
■オーディオブック配信サイト『FeBe』 2007年に開設された国内最大のオーディオブック配信サイト。2014年に登録会員数が10万人を突破し、現在約13万人のユーザーに利用されている。書籍をプロのナレーターや声優が朗読したものから、雑誌や新聞を音声化したもの、講演会や語学番組、そしてラジオドラマまであらゆるジャンルを取り扱っている。ユーザー層にはビジネスマンが多いため、ビジネス書や自己啓発本を多く揃えている。今後は子供と大人が一緒に楽しめる児童書やラインナップの少ない文芸・人文系の作品も拡充する予定。 |