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「徹底した分析と検証」

 ご紹介にあずかりました、ダイヤモンド社の金井と申します。本日はこんなにたくさんの皆さんにお集まりいただいて、僣越ではございますが、1時間半お話しさせていただきます。こういう場でお話しするのにはちょっと不慣れで、もともとそんなにはきはきしたタイプの人間でもありませんので、こんな感じでお話しさせていただければと思っております。どうぞよろしくお願いします。
 本日、皆さんにお申し込みいただいた際のご案内には「企画力 徹底した分析と検証」という、なんだか大層なタイトルを付けてしまっていたのですが、若干漠然としたタイトルだったので、分かりやすく「売れる企画の作り方」というテーマでお話しさせていただければと思っています。
もちろん、企画の良し悪しというのは当然、売れる・売れないだけが正解ではありません。ただ、売れる・売れないは一番分かりやすい数字の指針です。一方、いい企画とか悪い企画、面白い企画とか面白くない企画とかいうのは個人の感想によりがちで、なかなか評価しづらい。ならばいっそのこと「売れる企画」と言い切ってしまったほうが話の内容としてブレないのではないか。そういうことで今回、恥ずかしながらこのテーマでお話しさせていただきます。
 では、いまお話しさせていただいている私が何者なのか、まず簡単に自己紹介をさせていただければと思います。
 金井弓子と申します。東京出身で、この市ヶ谷のすぐ近くの法政大学を卒業しています。いま30歳です。大学には一浪して入っているので、社会人経験としては7年目、編集が6年目という感じです。実は中高も市ヶ谷すぐ近くの、「ごきげんよう」とか言っているようなお嬢さん学校に通っていました。そして、そのまま女子大に入学して順調に人生を歩むか……と思いきや、3日で中退してしまいました。入学式の日がすごい曇り空だったのがどうしてもいやでやめてしまいまして、1年間ぶらぶらしていたのですが、さすがに大学には入るかということで、運よく受け入れてくれた法政大学に入学した次第です。学部は法学部で、出版とは全然関係なく民事訴訟法などを勉強していました。勉強していたとは言いつつ、ずっとサークルに精を出していたので、大学時代、社会人生活のためになることや出版業界の勉強になるようなことは一切していませんでした。
 私は2012年に新卒で高橋書店に入社したのですが、就職活動はなかなか苛酷でした。というのも、ちょうど就職活動中に東日本大震災が起きてしまい、企業の採用が激減してしまったのです。出版社と新聞社を受けていたのですが、地方の新聞社は採用を取り止めたり、出版社も就職活動のスケジュールがなくなってしまったり……。とにかく「マスコミ」と名がつく会社の採用試験を100社くらい受けました。最終的に、最初に内定をくれた高橋書店という出版社になんとか入社しました。
 高橋書店は入社して1年目はだいたい営業配属になる会社なので、書店営業を1年間担当しました。営業はかなりハードな仕事で、朝早くて夜は遅くという感じだったのですが、私の性には合っていて、ばりばりやっていました。
ただ、朝が弱かった。営業の報告書の日報を毎日書かなければいけなかったのですが、書くのをサボって寝てしまったり。だから上司の目を盗んで会社のトレイで書いたりするという、かなりのダメ社員でした。そんなこんなで1年間で営業部から書籍編集部に異動し、2013年から児童書と実用書の編集を始めました。
 初めて担当した本は実用書で、ボールペン字の練習帳です。次の年からは児童書を作ったり、介護の本を作ったり、いろんなジャンルに手を出していきました。
編集者として転機になったのは、2016年に発刊した『ざんねんないきもの事典』という本です。これが非常に大当たりして、のちに100万部を超えるのですが、私自身は100万部を超える前に会社を辞めまして、2016年末にいま所属しているダイヤモンド社に入社しました。入社後は児童書を中心に編集を担当し、いまに至るという感じです。



 ダイヤモンド社に入社して1冊目に作ったのが、『せつない動物図鑑』という翻訳書です。これがいま29万部。続編の『生まれたときからせつない動物図鑑』とあわせてシリーズ累計で35万部です。あとはご紹介でも言っていただいた『わけあって絶滅しました。』と『続わけあって絶滅しました。』という本。これが2冊で71万部。1冊目が昨年の夏、もう1冊は今年の夏に出しています。同じく去年の夏に出した『東大教授がおしえる やばい日本史』と今年の夏に出した『東大名誉教授がおしえる やばい世界史』が2冊で42万部。
 なんて、自分で担当書の部数を言うのはすごく恥ずかしいのですが、なぜこんなふうに部数をわざわざ見せたかといいますと、私が話し手となって話す中で、どんな話をすると皆さんの満足度が一番高い感じになるかなあと考えて、「売れる」企画を作る方法という切り口で行きたいと思いました。その根拠として、そこそこ売れておりますというのをお見せした次第です。
ただ、冒頭にも申し上げましたように、売れることだけが大切ではないというのは当然のことで、企画力を上げていく中で必要なことの一端にすぎません。加えて、あくまで私の体験ベースの話であることをご了承ください。必ずしもこれだけが正解ではないという話ではあるのですが、この切り口で行きたいと思っています。
 今回の講義のウリとしては、2014年に最初の担当書が出て、2016年に100万部以上の本を担当できた経験を語れることです。編集経験が浅い中で早く結果を出せた理由が、ある程度語れればいいなと思っています。
この実績は当然、所属している会社の営業力の問題も非常に大きいです。版元によって仕上がりの部数は大きく変わってくるでしょう。ただ、転職して所属する版元が変わってからも再現性をもって売れる本を出せたということで、ある程度信頼感のあるお話ができるのではないかと思っています。
 いま会場を見させていただきますと、非常に幅広い年齢の方にお集まりいただいていますが、どんな方にお話をするか、ある程度絞ったほうが話の内容がしっかりするかと思います。そこで今回考えた内容としては、編集経験5年以内の私と同じぐらいの経験年数の方、あとは新しいジャンルで企画を考えているけれどなかなか結果が出ない方など、あくまで入門的な内容が多めになるかと思っています。
 さて、きょうお話しすることを先に構成で予告させていただきます。このあと1個ずつ話していくので、いまはバーッと見ていただければと思います。
 一つ目のテーマは「不安に素直になると、『売れる』確率が上がる」です。どういうことかといいますと、書籍の企画を考えたり編集をしていく大前提として「いい本」を作る、というのがあります。「いい本」の定義はいろいろあります。とびきり面白いとか、非常に有益な内容があるとか、読者の方がメソッドを実践しやすいとか、挙げれば切りがないほど定義はあります。しかし、その中で分かりやすい目標として、売れるものを目指すなら、売れない理由を削っていくことが一番大事だと思っています。
何か企画を思い付いた場合、「めちゃくちゃ心配性な自分で検証」してみることを私はお勧めしています。私はお酒を飲んでいるときとか、お風呂に入っているときなど、ぼーっといろいろ考えているときに企画を思い付くことが多いのですが、そうするとすごくテンションが上がってしまうんです。
こんな最高の企画を思いついちゃって、自分はすごい天才なのではないか!? と盛り上がってしまうんですね。でもあとで落ち着いて検証してみると、そうでもないことが多々ある。既に同じような本が世の中にあって、しかも売れていなかったとか。想定している読者が自分の妄想によりすぎていて、全然需要がないとか。いろいろ見えてくる。ですから企画を思い付いたときは、ハイテンションのところから1回ちょっと引いて、「別の自分」で検証してみるといいのではないかと思っています。
 どういうことかといいますと、いろいろな「心配性」を発揮するんです。まず私の場合は、めちゃめちゃデータを調べるようにしています。というのは、まだ編集経験も浅く、編集の世界に突然飛び込んだ私は、ベテランの方に比べると経験知や蓄積が圧倒的に少ないわけです。ではどうすればその人たちの持っている知見に少しでも追い付けるかということを考えると、当然ながら、データをめちゃめちゃ調べればいいという話になります。基本的にめちゃめちゃ頑張れば何でもどうにかなりはするような気はしているのですが、その方法論についてちょっとお話ししようと思います。
 私は編集を始めてから何年も、Publine、トリプルウィン、アマゾンを毎日5回は見ています。これについてはあとでまたお話しします。
ここには版元に所属している方、編集プロダクションの方、フリー編集者の方などいろいろな立場の方がいらっしゃっていて、Publineのアカウントなどが見られない方もおられるかと思います。その場合は店頭を観察していただくのがいいのではないかと思っています。
 店頭を観察する際には、特性の違う書店を同じタイミングで見比べていくと非常に参考になります。書店はチェーンや店舗によって特性が全然違うからです。
私は以前池袋の周辺に住んでいたので、ジュンク堂と三省堂と旭屋をグルグル回ることが多かったです。ジュンク堂はとにかく物量が多く、仕掛けは少なめだけど専門書の品揃えがよい。西武百貨店とつながっている三省堂は売れ筋の書籍がしっかりと揃っていて、仕掛けも多い。旭屋の場合は東武百貨店の中に入っているインショップです。デパートのレストラン街とつながっていて、わりとお金を持っている親子連れとかが来るので児童書がよく売れます。この三つの売り場を見ていると、プッシュしている書籍、平積みになっているもの、あとは客層も全然違います。それを見比べていって、いま調査する企画が収められるであろう棚の前にいるお客さんはどんな人なのか、どういう書店でどんな売られ方をしているのか、本が売られている様子を具体的に想像していくのです。
 つぎにその書店の棚を見ながら類書をチェックしていきます。新しいジャンルの本を作るときには、毎回30冊ぐらいチェックします。といっても、30冊本を読むわけではありません。私は読むのはそんなに速くないので無理です。ですから買うのは10冊ぐらい。残りの20冊は店頭で見て、どういう本なのかを把握する。しっかり読むのは2~5冊ぐらいあれば十分です。
ただし、その中で一番売れ筋の1冊とロングセラーの1冊は、しっかり構成を研究します。具体的にどんなことを研究するのかというと、「本の企画の始まりに巻き戻してみる」というのがすごく勉強になります。
本というのは完成されたパッケージになっていて、完成品として隙がない構造になっているので、ちらっと見ただけだと何がどう工夫されているのかは見えません。そこでまず構成の見出しを全部書き出してみて、台割に落とし込んでみる。台割に落とし込んでみると、その本がどういう構造なのかが分かる。構造は企画の初期段階で決めることが多いので、企画時点でどういうところを売りにしていたのかを考えるヒントになります。ここまでやって初めて、自分の企画書の参考になります。ちなみに、実はこれは売れっ子の先輩編集者の真似で、私のオリジナルのやり方ではありません。
 あとはジャンルの歴史を調べることもすごく大事です。私がけっこうよくやってしまうミスは、考えた企画が既に5年前ぐらいに出ていて、あまり売れていなかったというパターンです。調べるのを怠っていると、こういう事態になるわけです。
いろいろな書店を巡っていると古い在庫を置いている書店があって、見たことのない書籍があったりするので、それをチェックする。それから、アマゾンでキーワードを打ち込んでみて、出版年月順に該当する書籍をどんどん見ていく。アマゾンはデータを見るのには使えるのですが、基本的には店頭を見ていくことが一番勉強になるかと思います。
 また、図書館は歴史を調べるのに意外と使えます。もう店頭に残っていないような本があったり、10年前、20年前、30年前にそのジャンルでけっこういい本が出ていたりするので、それは非常に使えます。前に出ていた本と被っているかどうかをチェックする以外にも、30年ぐらい前の本だともう店頭に流通していないので、その本のいいところをどんどん真似できるという点がありまして、図書館のチェックをたまにやるととても発見があります。


 ここまでデータの重要性を強調してきましたが、いくらデータを調べても、データはこの企画が面白いのか、面白くないのかという答えを示してはくれないわけですね。なので「心配性」としては本当に面白いかどうかが不安になってくると思います。
それを払拭するには、本当に面白いのかどうか、3カ月ぐらい考え続けるというのがお勧めです。とはいえ、企画の提出ノルマがあったり、発刊点数をある程度確保しなければいけないような背景も多々あったりするかと思いますので、決して現実的ではないかもしれませんが、3カ月ぐらい掛けるような気持ちでいるというのが大事なのではないかと思っています。3カ月がっつり企画を調べ続けるというわけではなく、その企画のことをずっと頭の隅に置いておく。するとその企画とは全然関係ない日常の作業をしているときとかに案外、企画のヒントが出てくることもあります。だから、たくさんの企画を頭の片隅に置いて走らせながらやるのがいいのではないかと思います。
 企画の切り口、タイトルが見えるまでは企画書を出さない。これは私がやっていることです。企画の切り口やタイトルはあとで考えて「著者がいいのでとりあえず行きましょう」みたいなことをやると、私の経験上、あまりろくなことにはなりません。「出来上がった原稿でどうにかするか」というような暗中模索の感じになってしまうので、切り口とタイトルがきっちり見えてから企画を進めるのがいいのではないかと思います。
 あとは「差別化にこだわりすぎて、謎の企画になっていないか」。これも私が陥りがちなのですけれど、差別化というのは非常に恐ろしいものだなと思っています。差別化をしよう、しようとして差別化をした結果、謎の工夫がほどこされまくった、別に誰も欲しくない謎の企画になってしまうことがあります。類書で共通して多く扱っている部分というのは、読者の方が共通して知りたい部分であったり面白いと思う部分であったりするので、そこを見誤らないようにすることが肝要です。
 企画書をブラッシュアップして、企画の精度を上げる方法もあります。「企画書に赤字を入れてもらう」です。私は前の会社にいたときに編集部の先輩にやってもらって、飛躍的に企画書がよくなりました。
めちゃめちゃいい企画書ができたら、それを先輩とか同僚とか、あるいは編集をしている知り合いとかに見てもらい赤字を入れてもらうんです。そうすると、企画会議で言われるコメントとは全然違う角度から指摘が入ったりします。というのも、パッと企画を見せた瞬間の他人の反応というのは非常にリアルです。その企画を見てもらう上司なり先輩なりという人は、最初の読者に近い反応をしてくれます。そういう人が「なんだかよく分かんないな」という反応をした場合はたぶん、なんだかよく分からない企画なのです。ですから、その反応をしっかり観察することができる。
 あとは編集会議とかだと、その場で企画書が配られて、パッと読んで発言するというような場合もあるかと思いますが、企画書に赤字を入れてもらう場合は、相手に手渡しをしてまるっと読んでもらって、相手が問題点を整理して赤字を入れてくれるわけです。だから、企画会議で反応のように出てくる発言とは違う、ちょっと深いコメントを入れてもらうことができるので、これはとても役に立つと思います。
 もう1個お勧めなのが、「飲み会の場で何も知らない友人に企画を話してみる」です。私はすごくお酒が好きでよく飲み会をするのですが、例えば実用書や料理の本を作っているときに、「いまこういう企画を考えていて」というふうに説明してみます。趣旨を説明して相手にあまり伝わらなかったら、伝わるところまで練れていないか、あるいはその企画の切り口自体があまり面白くないんじゃないかと思って、もう1回考え直すようにしています。児童書の企画でも飲み会の場所で話して「面白そう」と言われたものはけっこう売れる確率が高くて、これの確度は高いです。
 なぜ飲み会の場所がいいのかというと、普段、友達とおしゃれにランチしているときとかに話しても、相手が本音を言ってくれないからです。つまんないなと思っても、通常状態の人間は気を遣って「面白いね」などといってくれますから。でもお酒が入っていると、人間の反応はけっこう素直になります。むき出しの反応でわりと失礼な反応をしてもらえるので、非常にいい試金石になるのではないかと思います。
 自分の企画を否定されると、「なんでこんないい企画なのに否定するんだ」という感じでムカつきますが、そこをぐっとこらえて客観視できると、一気に企画力が上がるのではないかと思います。逆に、人の意見をどんどん取り入れると、だいたい企画はよくなります。自分一人で考えた企画のほうが絶対いいと言う人もいるのですが、私の場合は、人の意見を聞くとだいたい「すごくいいアイデアだな」と思ってしまうので、いいアイデアだなと思ったものはどんどん取り入れてしまいます。別にそれをやってみていまいちだった場合はやめればいい。そういうことかなと思っています。
 よく企画書上で「レイアウトはこんな感じで工夫します」とか、「原稿の雰囲気はこんな感じにします」とか、文字で表現しがちです。それって実際にやってみると、けっこううまく成立しない場合が多々あります。原稿を書くのはもちろん著者さんやライターさんですが、その前に自分で1回やってみるというのもお勧めです。どんなふうに検証しているのかは後ほどお話ししようと思います。
 心配シリーズの最後は、「買ってくれる人=読者はちゃんと見えている?」を心配することです。最終確認として、買ってくれる人、お金を出してくれる読者のことがちゃんと見えているか、もう1回ぜひ考えたいところです。
 ともすると同じジャンルの本ばかり読んでいるような想定で読者像を考えてしまいがちですが、人は同じ棚からばかり本を買うわけではありません。違うジャンルだったらどんな本を読む人なのか。どんな生活をしていて、どんな書店に行っていて、お金はどれぐらい使うことができるのか。テレビ番組のノリとかはどんなのが好きなのか。そういうことを考えていくと、読者像がどんどん具体化できます。
 といっても、全て妄想で読者像を作り上げることはできません。そのときにお勧めなのが、書店の張り込みです。やったことがある方も多いと思いますが、私はどうしても自分の担当書が書店の店頭で売れる瞬間が見たくて、平日の夜、休日の昼、休日の夜に児童書売り場の前で何時間か張り込みをし、ずっと子どもを観察します。最終的には紀伊国屋の警備員の人に声を掛けられて、ちょっと怪しまれながら張り込みをしたこともあるのですが、これをやると相当読者が見えてきます。
 例えば書店の張り込みでどんなことが見えるのかというと、大人と子どもで本を見る見方が全然違うという発見がありました。例えば丸の内の丸善さんで大人がビジネス書を読むのを見ていると、大人は非常に誠実に立ち読みをしてくれます。表紙をじっと見て、「はじめに」を読んで、「目次」を読んで、中をパラパラ読むという、編集者としてはすごくありがたい読み方をしてくれるわけです。だからこそビジネス書では「はじめに」がすごく効果があったり、「目次」が分かりやすいとめちゃめちゃ効果があったり、そういうことがあるんだなというのが実感できました。
 逆に、子どもの売り場はけっこうショッキングです。1秒ぐらい表紙を見て、片手でビロビロに本が傷む感じで3秒中身を見た結果、ポイと捨てるみたいな感じで、子どもがいっぱいいる本の売り場はなぜ荒れていくのか、よく分かるような行動です。つまり子どもは、だいたい3秒見て面白いと思わなかったら絶対に本を買いたいと思ってくれない、そういうことが分かりました。あとはパッと開いたページだけで判断します。大人みたいに何ページも読んでくれないので、パッと開いたページが完結して面白いという点がないと駄目なんだなというようなことが見えてきました。
 あと、迷惑がかからない範囲で現場に潜入してみるのもいいのではないかと思います。私は児童書を作っていながら、子どもと話したことは全然ありません。いまだに子どもとは上手に話せなくて、敬語で話したりする始末です。
ですから、子どもの生態というものをちゃんと観察しないといい本を作れないと思い、小学校と幼稚園に電話で「御校のすばらしい教育現場を見せていただきたい」というような感じで丁寧にお願いし、実際に幼稚園と小学校1年生から6年生までの全学年分の授業を見学させてもらったりしました。これがすごく勉強になりました。
 例えば幼稚園の年長さんと小学校1年生だと、年長さんのほうが大人っぽくて、1年生のほうが子どもっぽいです。年長さんは「年長さん」という社会的意識があって非常にしっかりしているのですけれども、1年生になるとまた最小学年に後戻りするのでちょっと赤ちゃん返りするというか、すごく幼かったです。2年生と3年生はわりと混沌としていて、子どもによって学習レベルが全然違う。4年生になると、子どもの学習レベルが男女や個人差に関わらずだいたい揃ってきて、みんなが座ってちゃんと授業を受けられているという感じになります。そういう理由で私はいま、4年生をターゲットにすることが多いです。
 いま私は児童書を作っているので児童書の話をしたわけですが、これはビジネスマン向けの本や実用書でも同じことだと思っています。料理の本だったら、例えば料理ができない人のお家へ実際に行ってみる。本当に料理をしない人の家に行くと、調理器具が全然揃っていないとか、そういうことが多々あったりします。ビジネスの現場に潜入するのは無理でも、ではその人たちの働いている街がどんな雰囲気で、そこの書店では何が売れているのか、それを見るだけでも全然違うかと思います。ただ、他ジャンルのことはよく分からないので、偉そうなことは申し上げられません。皆さんなりの方法を考えていただければと思います。
 売れるか売れないかという尺度で考えたときに、初速を出すためにはある程度仕掛けをしておく必要があります。「パッと見」で分かる端的な魅力が重要です。例えば『東大教授がおしえる やばい日本史』という本は、いろいろな偉人のやばいネタを紹介する本です。でも、それだけだとなんとなく胡散臭い、価値が低い感じがする、ためにならない感じがします。けれどこの本は東京大学の本郷先生という、すごい先生にご監修をお願いしていました。本郷先生がご監修してくださったことで、しっかり監修が入ったきちんとした本で、読むとすごくためになりますよ、という感じがグッと出て、魅力が爆増したわけです。
 それ以外でも、めちゃめちゃ網羅性があるとか、まだどこにも公開されていないすごい情報だとか、とにかくパッと見で分かる魅力が必要だと思います。当然、そういうのをあまりにも入れすぎると安っぽくなってしまうのですけれども、そこは葛藤しつつ、デザインなどで安っぽくならないように補強していくことが重要かと思います。


 初速だけ出て、そのあと収束してしまうのはさみしいですよね。では、ロングで売るにはどうすればいいのか。ここはまだ私も模索中ではあるのですけれど、「宣伝のしやすさ」と「読者の広がり」があるといいと思います。
「宣伝のしやすさ」というのは、これも「端的な分かりやすさ」の話になってしまうのですが、コンセプトが一言で表現できると強いです。あとは見出しが立っているとか、メソッドが際立っているとか、魅力的な本には付き物の条件ではあるのですが、「こんなふうに編集したら宣伝しやすいだろうな」というのを、企画時の念頭に置くといいのではないかと思います。
 今まで担当した児童書は子どもだけに売れて数字が行っているわけではなく、かなり大人の読者が多いです。『わけあって絶滅しました。』だと大人の読者は3割ぐらい、『やばい日本史』だと5割ぐらいは大人の方に読んでいただいています。子ども向けの本でも、ある程度子どもには難しいような内容をあえて少し入れておいたり、ちょっとマニアックなネタを潜ませておいたりすると、大人の方にもけっこう購入していただけます。企画時に中心の読者以外の人を考えていくと企画自体がブレてしまうのですが、頭の片隅で「もしこの本がメーンの読者以外の人に広がっていくとしたら、どんな階層の人が興味持つだろう」と考えてみてもいいのではないかと思います。
 またデータの話をして恐縮なのですが、データを眺め続けると、なんとなく時代の空気感が分かるような気がしています。どういうことかといいますと、書籍の売れているデータを毎日5回見ると、ニュースを見なくても世の中の雰囲気がなんとなく分かります。とはいえ、なんとなく分かるだけでニュース自体は把握できないので、ニュースも見たほうがいいと思いますが……。
 だいたい書店が開店するのは11時ぐらいで、そこから動くお客さんが平日、休日によって全然変わっていて、当然、売れる本も変わっていきます。午前中によく売れる本、午後によく売れる本があるのですが、今まで午前中によく売れていた本が突然、夕方に動いたりする。そういうときに、テレビで紹介されたのかなとか、あるいは書店の個別の売上データを見ていくと、もしかしてこのお店で仕掛け販売を始めたのかなとか、店頭の状況を見なくてもある程度何が起きているのか推測できるようになって、とても楽しいです。
 アマゾンのランキングは独自のアルゴリズムになっていて、どういうふうになっているのか私もよく分かってはいませんが、1時間に1回ぐらい更新されるランキングを見ていると、インターネットで紹介されたとか、ツイッターでバズっているとか、そういう情報を見逃さずに済みます。なんで毎日5回も見なければいけないのかというと、ずっと見ていると変動がすぐに分かるからで、何日間に1回チェックしても変動にちゃんと気付ける人は、そんなに見なくてもいいと思います。私は起き抜けとお昼を食べているとき、夕飯のときと夜、あとは寝る前にもチェックしています。
 もし版元に所属している方がいらっしゃるなら、私が編集部に異動してすぐのころにやった「自社の過去10年分の売れ筋と数字の推移を見る」というのも、非常に楽しくてお勧めです。私は過去の売れ筋本を見るのが趣味なんですが、10年前の売れ筋といまの売れ筋は当然、全然違うわけです。例えば手紙の書き方みたいなジャンルは10年前からどんどん下降傾向にあって、ジャンル的にもう復活はしなさそうという感じがあります。逆に、特に健康ジャンルなど何年かに1回繰り返し売れているジャンルがあったりして、ある程度波があることを推測できます。あとは売れ筋と数字の推移を見ると、コストの状況なども分かってコスト設計の勉強にもなるかと思います。
 「編集プロダクションなら、自社が手掛けた書籍の変遷を追ってみる」。これは私が実際に体験したわけではないので必ずしもこれが正しいわけではないかと思いますが、もしプロダクションさんでしたら、自社が手掛けた書籍、版元さんからの依頼がある書籍でだいぶ変遷があったりするので、そういったものを追ってみても面白いかもしれません。
 あとは、年間ベストセラーを10年分追ってみるのもすごく面白いです。今回お話しする前に、実際にトーハンのベストセラーをつらつら眺めていたのですが、その年によって文芸書の割合が高かったり、実用書がやたら売れていたり、あるいは去年のベストセラーランキングで8位だったのがランキングを上げて2位になってきているとか、逆に去年ランキングトップだったものが影も形もなくなっているなど、本の売れ方の動きが非常によく分かります。日販はそんなに何年も見られなかったと思いますが、トーハンは2000年代全部ぐらいは見られると思います。あとは年間ベストセラーを編集仲間や編集部の同僚と一緒に見て、ベストセラーランキングをつまみに飲んだりするのも非常にマニアックで楽しいかと思います。
 売れている本をまねてもパッとしない理由。これは私自身がずっと考え続けていました。というのも、編集を始めて日が浅いころというのはやはり売れている本を真似せずにはいられないというか。そもそも編集部でも「売れている本があるからこの本を作りましょう」と、企画を通す裏付けとして売れている本を示さなければいけないということもあって、なかなかここは難しい問題だなと思っています。ただ、売れている本を真似すること自体は決して悪なのではないという話をしたいと思います。
 ヒットの書籍が出ると似たような本がわらわら出て、売れない本もいっぱい出て、書店の売り場は混沌として、だんだんジャンル自体が落ち着いていく。業界ではそのようなことがある種ちょっといやだなという感じで言われる場合も多いのですが、そもそも「似たような本がわらわら出て売れない」という現象はなぜ起こるのか、非常に不思議に思っていました。だって、売れている本というのは読者の方が欲しいと思ってくれる本で、それに似たものを出せば当然、ある程度の重版は見込めるのではないかと思うのですが、なぜ失敗する確率が高いのでしょうか。それを私なりに考えてみました。
 本を真似しようと思ったときに、ついついその売れている本のテーマとか特徴的なフォーマットを真似してしまうことが多いです。でも、実はそれは「売れる核」ではないんじゃないか、ということに気付きました。
もう1点は、本が出てから真似をするというのはけっこうタイムロスがあります。私の場合は本を作るのに最低でも6カ月ぐらい掛かってしまうのですが、本が売れるのを見て6カ月ぐらい掛けて作り、印刷して出すとなると1年弱遅れをとってしまうので、ブームにのるのは非常に難しい場合が多い。当然急いで作るという手もありますが、そうなるとなかなか思ったような本づくりができなかったりします。あとは先ほどもお伝えしたかと思いますが、差別化しようとどんどん王道から細い道に入り込んで、謎の企画になってしまう場合も多々あるかと思います。
 ではどうすればいいのか。その読者が喜びそうな「別の本」を提案したほうがリスクは少なく、売り上げを取ることができると思います。そのためにどんなことをするのかというと、売れている本自体じゃなくて、売れた背景を分析してみることが重要です。棚の歴史、つまりそのジャンルで過去にどういう本が出ていて、今回の本にどういう新規性があったのか、ではその新規性が読者に響いた理由は何なのか、世の中の流れ的に、世相に対してこの本をこう当てたからよかったのではないかなど、いろいろな仮説を立てて検証していくことがいいのではないかと思います。
 実は私も実際に真似して本を作ったことがあります。他社の売れている本と同じテーマで、イラストのクオリティを上げて「こりゃいける」と発刊しました 。実際、ちゃんと売れました。でも爆発的な、驚くような売れ方はしなかった。こんなにいい本を作ったのになぜだろうと考え、「同じテーマで新しいものを出しても、ただパイを食い合うだけで意味がないじゃん。テーマを真似するのは得策ではなのかもしれない」と思い至ったのです。そこで発想を変えて、「読者を真似する」というふうに作戦を変更しました。
 この本を読みたくなった読者は、ほかにどんな本があれば読みたくなってくれるだろうか。そこで、読者を固定してテーマを変更した企画を発刊したところ、テーマ被りの本の3倍売れました。
真似を「よくない」と全否定するのではなく、真似するポイントをきちんと考えて作ることによって、勉強にもなりますし、売り場がつまらなくもならないのではないかと思います。
 先ほどから私はずっと読者、読者と言っているのですが、読者設定はすごく大事だという話をさせていただきたいと思います。
私は漫画や本をけっこうポンポン買ってしまって、本に対して非常にお財布の紐が緩い方です。本は掛けている労力に対してめちゃめちゃ安く流通しているので、えらいエンターテイメントだなとも思っていました。でも編集の仕事を始めて本当にびっくりしたのが、世の中の大多数の人にとって「本は高い」ということです。
 私は担当した書籍に必ずアンケートはがきを入れるようにしています。そこに価格帯についての質問を入れているのですが、今まで「この本は安いと思います」というようなことを書いてくれた人は、全体の1割もいません。この質問に対して6割ぐらいの方ははっきり「高い。もうちょっと安ければよかった」と書かれます。本というのは軽はずみにポンポン買ってもらえるようなものではなく、買おうかどうしようか迷って、「この値段はするけれども買おうかな」という感じでけっこう悩んで買われるものなんだなということを、アンケートはがきからまざまざと認識しました。
 では、そんな本は高いと思っている人にどうやって買ってもらえるのか。当然、児童書以外のジャンルで読者が「本は安い」と思っているジャンルもあると思いますが、あくまでエンタメっぽい本についての話と思ってください。
 読書を考えるときに、私は読者が「欲しいもの」を企画上で考えがちでした。でも企画書を先輩に添削してもらったり企画会議に出したりすると、欲しいものベースで作られた企画というのはことごとく受けが悪い。突っ込みが入る。そこで気づいたのは、人は「自分が欲しいもの」を全然認識していないということです。例えば自分が実際に行動するときの話をとっても、「冬物の服が欲しいな」と思ってなんとなく買い物に行くとします。そのときに「何色の、どんな形のこんなコートが欲しい」「こういうインナーが欲しい」という感じで明確に思い描けている人は、かなりファッションが好きな人だけです。実際に自分が買い物に行くときには、なんとなく売り場をウロウロして、「このお店のこれだったらかわいいかな」という感じで、実際に提案されたパッケージで見て判断します。ですから、欲しいものというのは、意外と探すのが難しいものなのじゃないかと思います。
 逆にやりやすいものとしては、「困っていること」「不満なこと」「つい愚痴を言っちゃうこと」「日常生活で足りないもの」「こんなことを知れたらいいのに分からないと思っていること」を探していくと、読者設定のもとになると思います。
 先ほど観察しに行くと言ったように、全ての手を尽くして読者を観察することも重要かと思います。


 企画を考えるときに、やはり著者さんの存在は重要です。著者さんの話を聞いていると、すごく明確に読者像を語られる場合があるかと思うのですけれども、著者さんが必ずしも読者を捉えられているとは限らないので、読者像というのは必ず編集者が考えていったほうがいいと思います。著者さんの周りには当然、著者さんのことを好きな方が集まっています。また、かなり知的レベルの高い著者さんに簡単な本を書いてもらう場合は、著者の先生がその読者の知的レベルをとうてい想像できないような場合もありますので、そこのつなぎ役として編集者がいる。つまり、著者さんとうまく相談をしながら読者像を作っていくのがいいのではないかと思います。
 とはいえ、よく分からない仮想の読者に向けて本を作るというのはなかなか難しいものなので、私はいつも頭の中に仮想読者を作って、その仮想読者に本の内容や企画の内容について文句を言ってもらっています。私の場合、仮想読者のキャラ造形に凝っています。これは別にやらなくてもいいと思うのですが、何色のTシャツを着ているとか、そういうディテールまで想像すると、なんとなくその子が勝手に動いてくれて、非常にいいアドバイザーになってくれると思います。
 児童書なので、ビジネス書などを作っている方にはあまり応用できないかもしれませんが、実際このような感じで読者を想定しています。「スマホゲームをやっているからモンスターが好きなんだろう」「学校の先生や友達に自分の知識を自慢するのが好きな習性の子なんだろうな」「本棚の中にはこんな本が並んでいるのかな」「ギャグ要素に反応して笑っちゃう子だろうな」。こういう感じで人物像を想像し、実際にこれを企画書にも書いています。
 次は難しい「書名」問題です。書名はぜひ企画段階で決めておくと、企画の軸が決まっていいのではないかと思います。『わけあって絶滅しました。』という本の場合、どんな背景で考えていったのかというお話をさせていただこうかと思います。
 2016年に『ざんねんないきもの事典』、2017年に「せつない動物図鑑」を出し、『わけあって絶滅しました。』は2018年に出したのですが、この本の企画を考えた段階で世の中には動物の本があふれ返っていました。書店の棚に動物本が十分ある中で新たに作ることもなかろう、ちょっとおなかいっぱいだなという感じがありました。ただ、動物というのはテーマ的に非常にパイが広くて、個人的にも面白いと思っているジャンルなので、ぜひ続けて作りたいなと思いました。
 その中でどういうテーマ選びをしたら面白いのかと考えたところ、「絶滅」というテーマはまだ全然類書も出ていなくて面白いのではないかと思い至ったわけです。そもそも『ざんねんないきもの事典』は進化論の不思議を裏テーマとして語っていた企画なので、進化と背中合わせに存在する「絶滅」というテーマはずっと気になっていました。
 ただ、絶滅の本ですごく売れている本は当時あまりありませんでした。そこで、なぜ売れにくいのかを分析していったわけです。
絶滅した生き物の本は「形態」に注目したものが多い。というのも、絶滅した生き物というのは化石から形態を推測するので、当時の環境などは詳しく分からないわけです。その結果形態の説明を中心にした本が増え、本の差別化もなかなか難しいという背景がありました。
そこで、じゃあどういう形にしたら売れる本になるのかというふうに考えていきます。
 まず絶滅について何も知らない読者として考えてみると、「弱肉強食」みたいな言葉が世の中で広く知られているように、「絶滅」にはネガティブなイメージがあります。滅びるものは弱いものだ、負けだ、みたいな。
でも絶滅について調べていくと、実はその時代で最も繁栄した生き物、最も環境に適応した生き物のほうが滅びてしまうという、なんだか皮肉な現象が数多起きていることが分かりました。強いのになぜ滅びてしまうのか、それがめちゃめちゃ不思議で面白いということに気付き、この本では「理由」に注目していくといいのではないかと思いました。絶対的な理由はわからないものの、説を紹介することはできるからです。
ただ、絶滅というのは、最終的には必ず死んで終わってしまうので、「この生き物はこんな理由で死にました」みたいな本を作ると死んだ生き物がいっぱい出てきて、すごく悲しい感じになってしまう。だったらそれを動物に一人称で語ってもらおうというふうに思い付きました。
 当時、非常に朝ドラにはまっていまして、何の朝ドラだか忘れてしまったのですけれども、朝ドラというのはすごく不思議なドラマの構造をしていて、主人公が大人になったときの女優が、主人公の子ども時代、つまり自分自身の子ども時代にナレーションを付けるみたいなことをしている。それってすごく不思議な構文だと思うのです。朝ドラの主人公というのは子ども時代にだいたい失敗したり、わけの分からないことをして周りから大顰蹙を買ったりというエピソードがある。それを第三者が「すごい破天荒なやつだ」みたいに語ると感じが悪くなるのですが、自分自身で自分の過去の失敗談を語ると、なんとなく嫌みがない感じがする。つまり、結末が死でもあまり悲しい感じにならないのではないか。そういうことで動物に一人称で語ってもらうというふうに考えていきました。
 理由をテーマにして一人称で語ってもらうとなると、『わけあって絶滅しました。』という口語体の書名しかないだろうというので、企画時点で書名と売りが決まったという感じです。
 企画時点で書名と売りが決まったらイメージをラフに起こしていきます。この絵(「イメージをラフに起こしてみる」)は実際に企画書を書いた直後ぐらいに描いたラフです。「わけあって絶滅」という棚には「わけ」が立っているのがよかろう。「わけ」を大きめに立たせよう。「わけあって絶滅した動物」がすぐ目に入るのがよかろう。ただ、この生き物を見ても、絶命した生き物は別に名前を知っているわけじゃないので、すぐ横に名前があったほうがいいよねということで、メーンの構造がすぐに決まります。
 もしこの絶滅のテーマで語るなら文字数は300字ぐらいが限界だなと考え、何パターンか原稿を作ってみて適正な文字数を割り出します。本文を一人称で語らせるとすごく文字数を食うので、当然、情報量は足りなくなります。なのでここに150字ぐらいの解説を入れると、内容の足りなさが担保できる。
あとイラストは絵本調にしたいと思っていました。そうなると生き物の正しい形態が分からないので、図鑑的な、勉強になるような要素を見せたいと思い、ここには別途、動物のリアルな線画のイラストを入れようと考えました。あとはステラーカイギュウと言われてもどんな生き物か分からないので、棲息地や絶命年代のデータ関係も必要になる。企画の書名が決まった時点でこれぐらいのことが具体的に見えてきます。
 コンセプトが際立つレイアウトは実際に作ってみるのがお勧めです。これは私がイラストレーターで作ったものです。こんな感じで原稿の量を見たり、サンプル原稿を何パターンか作ってみて実際の判型に入れてみると、文字が多くてなんかギューギューしているとかいうのが見えてきます。最初は右開きで1エピソードのつもりだったのですが、右開きだとけっこう長い感じがしたので最終的には1見開きにして、最終的にはこのようになりました。ほぼ先ほどのレイアウトどおりの要素の配置になっているかと思います。あとはこうすればよかったという「後悔」を途中で入れたらいいのではないかという意見が出たので、入れていきました。
 だんだん時間がなくなってきて焦っているのですが、企画書の話をさせていただこうと思います。
 企画書は具体的なほうがいいです。企画書が曖昧なままで編集を始めてしまうと、皆さんもご経験があると思うのですが、けっこうしっちゃかめっちゃかでわけが分からない感じになってしまったりします。あとはライターさん、デザイナーさん、イラストレーターさんにご依頼する際に、企画書を渡してコンセプトが伝わればシンプルで話が早いので、具体的にしておいたほうがいいいいかと思います。
 実際の企画書はこんな感じです。企画書の時点でだいたい書名とサブが決まっていました。帯コピーもわりとそのまま使っています。「ああ、地球って世知辛い」とか、つぶやきみたいな、ポエムみたいなものをよく本に入れるのですが、こういうものもこの時点で決めていました。企画の内容についてもまとめてざっくり入れています。
 企画の構成についても、企画書の段階で章立てまで決めています。『わけあって絶滅しました。』の第一弾の場合は年代順ではなく理由別に並べているのですが、それもこの段階で決めていました。なぜ年代別に並べていないのかというと、古世代とか最初のほうの時代の生き物は、非常に地味なビジュアルの生き物が多かったり馴染みがないものが多かったので、「絶滅」というテーマの本でいきなり見知らぬ生き物が出てくると読者が戸惑ってしまって、あまり親しめないかもしれない。そういうことでランダムにしています。その辺もこの時点で決めていたので、ほぼ変更なしで書籍の完成まで行くことができました。
 では経験が少ない場合、ベテランの人やとても頭がいい優秀な人に対してどういうふうに頑張ればいいのか。当然、仕事をめちゃめちゃ頑張るというのは大前提として大事だと思いますが、経験豊富なベテランや頭のいい人、才能がある人、天才型の人には勝てないです。悲しいことにわれわれは、持っている武器でしか戦えない。「ていうか自分には武器とかないなあ」と思ったとき、自分の持っている武器をどんなふうに探せばいいのか、私はこういうふうにしましたという話をさせていただこうと思います。
 それは自分の中に「蓄積」されているものは何かを、自分自身と向き合って考えることしかないのではないかと思っています。これは決して知識があるとか、めちゃめちゃ趣味人だとか、勉強がすごくできるとか、そういう「正の蓄積」だけではなく、「負の蓄積」も非常に企画の原動力になると思います。ここに挙げている「ずっと勉強ができなくて劣等感がある」「容姿にコンプレックスがある」「人と話すのがずっと苦手」というのはただの例ですが、自分が何にコンプレックスを持っていて、何に劣等感があるのか、何に悲しい思いをしてきて、何が足りないと思ってきたのか、そういうずっと抱え続けてきた蓄積は、大きなエネルギーを持っています。それは非常に個人によるものなので、自分だけの企画を考えるのに武器になるのではないか。当然、正の蓄積というのは一番役に立つものだとは思いますが。
 私の場合は『ざんねんないきもの事典』で一気に売れる本を作れるようになったわけですが、それはなぜなのかというと、自分の中の蓄積を生かせるようになったからではないかと思っています。『ざんねんないきもの事典』の場合、生き物の棚をずっと研究していたので、過去の売れ筋やいまのトレンドが分かっていました。あとはその前に他の動物図鑑を作っているとき、実際に掲載する種数の倍ぐらい候補の生物を挙げ、この生物は本に載せる価値がどれぐらいあるか、ひたすらExcelにAとかBとかCとかで評価をしていました。オーディションのような感じにして、最終的にはAのものとBの中で上位のものを本に載せる、そういう作業をしていったわけです。
 当然、見た目はめちゃめちゃ格好いいのだけど、ほかにもっと格好いい見た目のものがいる。すごい毒を持っているのだけど、似たような毒を持っている。もっと強い毒を持ったものがいる。そういう生物はオーディションに落ちてしまいます。オーディションに落ちる生き物を見続けていくと、なんとなく自分が優等生になれなかった学生時代のじめじめした気持ちが蘇ってきて、「選抜から漏れたものをないがしろにするんじゃない!」という、自分自身への憤りになっていったわけです。そうすると、格好いいとか強いとか、そういう価値観から漏れている生き物を紹介する図鑑があってもいいのではないか。そういう気持ちになってきて、そういう生き物だけを集めた本ということで、『ざんねんないきもの事典』を考え付いたわけです。
 なぜ「残念な」という言葉が出てきたのか。もともと私は非常に形容詞が好きで、いろいろないい感じの形容詞をメモしたりする習性がありました。その形容詞へのこだわりが生きて「残念」という言葉を選びました。なぜ「残念」という言葉を選んだのかというと、「残念」というのは決して人をディスったりばかにしたりするときに使う言葉ではなく、けっこう親しみを込めて言うような場合がある言葉だからです。「悲しい」とか「つらい」とかいったときに、言葉の解釈としては一つだけだと思いますが、「ざんねん」とか、のちに作った『せつない動物図鑑』の「せつない」は、いろいろな解釈ができる形容詞ということで言葉選びをしています。
 あとはもともと雑学がすごく好きで、おもしろ動物ネタみたいなものを個人的にExcelでずっと収集していたので、企画を思い付いたときにすぐそのExcelから企画の実際の内容を想像することができました。「形容詞が好き」とか、「雑学がめちゃめちゃ好き」とか、一見何の関係もない趣味が意外と企画にも結び付くということですので、自分が何を蓄積して持っているかを考えてみてもいいのではないかと思います 。
 『せつない動物図鑑』も同じような蓄積を使って作っています。『ざんねんないきもの事典』を企画したときに参考にしていた「SADANIMALFACTS」というウェブサイトがあって、これは趣味でずっと見ていました。そのWeb上で「本を出しました」と告知を出していたので版権を調べてみたらまだ空いていたので、即買ったという感じです。可愛くて超緩い動物本が意外にないことは、棚を長年監視して知っていたので、これは行けるのではないかと思いました。
 ただ、この『せつない動物図鑑』の場合、版権を取ったのはよかったのですけど、原著は非常に大人向けで、本文もかなりシンプルでした。正直、情報量が少なく、さみしい印象に見えてしまうおそれがありました。巻末に説明が付いていたので、それを本文にドッキングしようとエージェント経由で依頼して、実際にやりました。それでもまださみしかったので、デザイナーさんに相談して背景に色を敷いてもらいました。それでもまだ情報が物足りないと読者が感じそうだなと推測できたので、右下のところにミニ図鑑を入れることになりました。出来上がったのがこんな感じです。


 さて、今までさんざん偉そうに話してきてしまいましたが、本は編集者のものではないと思っています。ただ、どうしてもどんな編集者が付くかによって本の内容は変わってきます。同じ料理名でも味付けで絶対に違うものになると思いますが、そういう感じで編集者の味が出るものだと思っています。
いい本がどんなものかというのは長年考えてもなかなか分からないものですが、とにかく読者が喜んでいることが一番大事です。著者のすばらしい知識や思想を最適な形で伝えるのももちろん大事です。ただ、編集者としてその本に関わる以上、自分はどんな要素を提供できるかというのを考えてみると、面白い視点が生まれるかもしれません。
 そもそも、企画を思い付かない問題というのがあると思います。企画はゼロからは思い付かないです。ですから、企画のタネをいつもこね繰り回して考えています。先ほども言ったように棚の歴史から考える。ベストセラーの本の読者を拝借する。自分の蓄積しているイライラ、悲しみ、不満から考える。本音と建前のギャップが激しいテーマは読者が多い。趣味や娯楽を企画にするなら、ある程度のベネフィット、付加価値を付けて保険をかける。ためにならない娯楽的な企画は何か圧倒的な「売り」を作ると安全です。あとは読者が「この本、思っていたより全然すごいぞ」とびっくりして、思わずお金を払いたくなるような仕掛けを考えていくといいと思います。
 ちょっと具体的な話をします。『やばい日本史』は、『ざんねんないきもの事典』や『わけあって絶滅しました。』を日本史版にして読者を移植していて、読者を移すという考え方を使っています。
私は日本史で大学を受験したのですが、室町時代がだいたいどこの時代なのかも分からないぐらい、全然勉強をしていませんでした。ただ、それは大人になるとかなり恥ずかしいことです。あとは大河ドラマも全然楽しめなくて悲しいと思ってこの話を訴え続けたところ、著者が「面白い歴史の本を作ったら?」ということで企画を提案してくれました。しかし、楽しいだけだと物足りないので、先ほども申し上げたように、東京大学のすごい先生に監修をお願いしてしっかり裏付け、ベースも作っています。一方で、圧倒的に楽しくしたいので、和田ラヂヲ先生という超天才ギャグ漫画家にイラストを、ものすごくわかりやすい解説漫画を横山了一先生に描いていただきました。こんな風に、売れない不安な要素をどんどん削っていったわけです。編集中に人物同士の関係図が全然分からなくて混乱していたら著者が人物相関図を作ってくれたので、それも書籍に載せたところ、非常にありがたいという読者からの反響が大きかったです。
 最後に、「企画が通らない問題」の話をします。どんな企画でも通ってしまう会社と、どんな画も全然通らない会社とけっこう二分されると思います。企画が通らないときにどうすればいいのか、私がやっていたことをざっくりお話しして終わりにしたいと思います。
 そもそも企画が落ちたとき、本当にこの企画でいいのか心配性な自分に問い合わせてみると、「この企画、あまり行けないかもしれない」という場合と、「もっとこういうふうにしたら、案外いいかもしれない」というアイデアが湧いてくるときがあります。ですから、企画が否定されることって、必ずしも悪いばかりではないのではないかと思っています。企画が面白いのにもかかわらず、そして絶対に売れそうな感じがするのにもかかわらず、相手に拒絶された場合、「相手は不安がっている」ことを理解するといいのではないかと思っています。
 相手が不安がっている一番大きなポイントは、お金にならないのではないかということです。売れる本を作れば偉いというわけではないのですが、当然、会社とか資本主義の中で生きているので、せめてマイナスは出さないとか、ちょっとでも利益になるような感じを見せると、お金を出す人は安心するのではないかと思います。ですから、「こういう読者が確実に買うのでいいです」とか、「同じ読者を持つ類書がこれだけ売れています」とか、「原価率が低いですよ」とか、相手の立場に立って「この本はちゃんと利益が出ますよ」というのを見せてあげるといいと思います。また、上司や社長とずっとやりとりをしていると、だいたいこの人はこういうことを言うだろうなと予測できるようになってきます。そこで企画を提出する前に、上司や社長になりきって自分の企画書を添削してみると、案外、突っ込みどころが見つかったりします。突っ込まれそうな箇所は先回りして相手を論破してしまうのが手っ取り早いのではないかと思っています。
 これをやったからといって必ず企画が通るようになるわけではないのですが、私の中で企画の通過率は上がったので、最後にご紹介させていただければと思います。
 ちょっと長くなったのですが、私からの話は一通り以上になります。ありがとうございました。



(2019年9月26日(木)AJEC編集講座での講演より)

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