「校正の基礎とIT時代の校正力」
松風 よろしくお願いします。
きょうのテーマですが、「校正力 校正の基礎とIT時代の校正力」ということでお話ししていきます。「IT時代の」と付いておりますが、今回は、IT時代でもどんな時代であっても、われわれ校閲の仕事の重要性や、やっていく姿勢は変わらないということを中心にお話しできればと思っております。出版の方がほとんどと聞いております。新聞ではいろいろ違うことはあるかもしれませんが、何か一つでも共感していただいたり、お役に立つことを持って帰っていただければと思っておりますので、よろしくお願いします。
(自己紹介)
では、始めます。まず軽く自己紹介させてください。私は松風美香と申します。2011年に毎日新聞社に校閲記者として入社しました。新聞社は部門別採用ですので、それからずっと、8年半ほど校閲の仕事をしています。所属先「毎日新聞校閲センター」は、毎日新聞社の記事の最終関門というところで、毎日新聞社が発行する日々の紙面や、ニュースサイトへ載せる記事も日々チェックしています。若手もベテランも平等に、知恵を寄せ合って日々校閲をしております。
(校閲とは)
まず校正、校閲という言葉について最初に確認しておきたいと思います。「校正」は誤字脱字をチェックしたり、漢字表記をそろえたりして、文章の体裁を整えること、「校閲」ではさらに踏み込んで、内容や事実の確認などをして指摘するというふうに言われています。ですが、出版界では特に、同じように使う方が多いのが現状ではないかと思います。今回も同じ意味で使っていると思ってください。
次に本題の「校正力とは」という話をしていきたいと思います。スライドには、身もふたもないことが書いてありますけれども。時間が限られた中、誤りを一切見逃さないコツとは……あったらこっちが教えてほしいということです。なかなか魔法のようなコツは難しいですね。それでも何か、強いて表現すれば、次の三つではないかと思っております。
①線を引いて、ときには(間違えやすいところは)、1文字ずつペンで押さえながら読むこと
②諦めず、労力を惜しまず調べること
そして、私はこれが一番大事ではないかと思っているのですが
③何も信じず、疑い深くなること
です。
やっぱり校閲という仕事は、書いてあるものの内容に疑問を持つところから仕事が始まると思っておりまして、たとえプロの人が書いていようと、必ず何か間違うはずだと疑いながら読んでいるというところがあります。さらに、一回読んだとしても自分の目も信じないで、なにかしら見落としていないかとか、調べたときのサイトが間違っていないかとか、疑いながら読んでいく。何度でも読めるかどうか。結局はそういったところなのではないかと考えています。
そうはいいましても、間違えやすいところはありますので、そういうポイントはおいおい説明できればと思っています。
(なぜ重要?)
次ですが、スライドには「校閲は何のためにあるのか?」と書かせていただきました。これはもうひとえに「新聞/出版物の信頼性を保つ」、これに尽きるのではないかと思っています。いまの時代、IT時代、情報はあふれています。活字離れとか申しますが、むしろ活字を読む量は増えているのではないかというくらい、活字はあふれています。それがただでいくらでも手に入るのですが、それでも本を買おうとか、新聞を取ろうという方が何を求めているかというと、やっぱり、ここに書いてあることは、誰かの目が通って、ちゃんと正しいことが書いてあるというふうに考えて買うと思います。そういう読者の期待、信頼に応える。それが出版物・新聞を出す者の一つの責任ではないかと思っております。
私もこうやって偉そうに言っていますが、(新聞の)訂正が発生する場合もあるわけです。スライドには、自戒を込めて訂正・おわびを苦い気持ちで載せましたけれども。ただの誤字と言えばただの誤字もありますが、やっぱりこういうものがぽろぽろあると、全体の内容を信頼しづらい。固有名詞が二つも間違っていたという訂正とか、「IR」と「JR」、似ていますけれども、つい見逃してしまうとか。致命的なのが、「14日の訂正が間違っていました」という、「訂正の訂正」というのが出てしまうことも、まれですが、あります。そういう恥をさらしたところで、我々が実際にどうやってそういったものを食い止めているか、仕事をしているかというところをお話ししていきたいと思います。
(実際の仕事)
・新聞発行までの流れ
紙面はどうやってできているか説明します。ここには編集者の方が多いということでしたら、編集者は「整理記者」に当たると思っていただければいいかと思います。新聞は全国から記者が原稿を書いて、本社のデスクに送ってきます。ここでデスクがいろいろ手を入れたりして、たとえば一面に使おうとなると、「一面用」として原稿を出してきます(=出稿)。そうすると、これがポイントですが、まず校閲のところに原稿が流れてきます。まずはここで校正が一回入って、OKしないと、編集者、整理記者は組むこともできないわけです。
編集者は(出稿部の)デスクと校閲の間に立って、締め切り時間が迫ってくると焦るわけですね。デスクに「原稿まだですか」とか、校閲に「早くOKしてくれ」とか、せっつきながら、板挟みで原稿を組み上げていく。新聞社はそれぞれ役割が決まっていまして、それぞれ自分の仕事に集中して、校閲は校閲だけ、整理記者は整理、組むことだけして新聞を作っています。
校閲の仕事を説明します。はじめは「モニター校閲=組まれる前の原稿のチェック」。デスクが使う原稿を出すと、校閲の端末に原稿が流れます。同時に紙も出ます。この状態で、まず校閲の「初校」担当者が、モニター(紙)にくまなく線を引いて読んでいくわけです。その際、固有名詞とか数字とかがあれば、一つ一つ調べる。そのあと校閲のデスク・キャップ(上司)に渡します。そこで「再校」といいまして、もう一度、同じ原稿を読むわけです。そのときはちょっと目を変えて、あまり細かいところは見ないで、全体のつながりや怪しいところを中心に見ていきます。これがちょっと緊張するところで、初校で何か見落としたことをデスクが指摘したり、ここちゃんと調べたかとか言われたりして、ある意味試験を受けているような気持ちになるところです。ここでいいとなれば、初めて「校了」をかけます。
締め切り時間が迫ってくると、整理記者が、原稿の行数を縮めたり写真や図版をつけたりして、組み上げて見出しをつけ、「大刷り=原寸大に組まれたゲラ」にして出してきます。それが届くと、モニターの紙を大刷りの上に合わせ、どこかおかしくないかと、こうやってパタパタと合わせていくわけです。スライドの写真は、ちょうど大刷りを校閲しているところで、チェックし終わるとモニターはその痛そうな、「サシ」と呼んでおりますが、これに刺して整理していきます。
ちょっと話が逸れますが、この間、「特捜9」というドラマの第2話で、校閲部員が殺されるという痛ましい事件がありました。凶器が写真のような、千枚通しで。しかも、その校閲者は編集者ともめていたというので、怖いな、リアルだなーと思いつつ見ていました。
締め切り間際になってもメインの原稿が届かないとか、そういうのは本当によくあることで、この段階はもう、戦場のような忙しさになります。そういった締め切りが、朝刊ですと1日数回、夕方から深夜にかけてありまして、降版時間といいます。印刷所にデータが送られて、印刷に回るという流れです。
大刷りで何か直しが見つかると、校閲はこの大刷りに赤ペンで直しを入れて、それをビリッと破って、整理記者に渡して直してもらう、というアナログなことをしています。
・校閲記者の「七つ道具」(赤ペン、シャーペン、毎日新聞用語集=赤本、検索用パソコン、辞書、電卓、各自の資料)
職場で、普段使っているものを撮ってきました。校閲記者は担当が、きょうは一面とか社会面とか、日替わりでアトランダムで決まっておりまして、こういったものを持って移動しています。赤本と検索用パソコンは欠かせないですし、辞書も、職場にはたくさんあるのですが、やっぱり手元に一つあればいいということで、これは好みのものを使っています。各自の資料は地図帳など。インターネットのマップも使うのですが、地図帳のほうが早い場合もありますので、そういったものを整理して置いています。
・「赤本」
校閲記者の相棒ともいうべき「赤本」ですが、スライドに写っているのは2013年版、一つ前のものです。最近、2019年に新しくなりまして、こういった改訂作業も、実は校閲記者がやっております。赤本の校閲も校閲記者がやります。
この赤本が何のためにあるかと申しますと、新聞は書き手がたくさんおります。なので、その一人一人の書き手の表現がばらついていますと、すごく読みにくいわけですね。なので、私たち校閲はこういった表記の違い、人によってさまざまありますよね。たとえば「出来る」と漢字で書く場合と、ひらがなで書く人など。そういうものは(一人の書き手が書いたように見えるよう)できるだけばらつきがないように、全体をコントロールする。そういう役目も負っています。
ほかにも、「齋藤」「斎藤」などという、字の問題。「齋」「斎」は同じ字なんですね。でも形が違うじゃないかと言われると、もうそのとおりなんですが、「齋」は旧字体で、「斎」が新字体。新聞では、あまりにもみんなが好きに漢字を使うと、際限なく増えてしまうということで、やはり読みやすさのために使える漢字の数もだいぶ絞っています。これがいま、ちょっと悩みどころです。
この間もツイッターで、齋藤飛鳥さん、乃木坂46でいらっしゃるんですが、うちのニュースでは「斎」の漢字を使っていたんですね。それを見たツイッターの、たぶんファンの方だと思うんですけれども、齋藤のサイは「齋」だ、間違いだ、校閲ちゃんとしろとかって言われてて。校閲って知っているんだなとちょっとうれしくもある半面、これで合っているんだけどな、という複雑な気持ちになったことがありました。
以上はうちの記者のルールですが、外部筆者はそのルールには縛られないところがあります。たとえばこれはいま、朝刊で連載されている阿部和重さんの小説の一部分ですが、ここで「しちゃったってゆう」という、普段、新聞では問答無用で直す表現が使われておりました。表記揺れとか、こういったいわゆる「誤り」も、やはり書き手の意図であって、そのまま大事にする必要があることもあります。
しかし、こういった「誤り」があまりに多いと、筆者の恥になってはいけないという余計な心が働いて、どうしよう、こう直しませんかというふうに、「念のためですが」と。気を使うところではあるのですが、念のため伝える場合もあります。
(小説でも)事実関係は、私は結構調べてしまうほうです。この間も、2019年2月の設定で、バレンタインデイのチョコレートを食べるシーンがあったのですが、出てくるチョコレートがマロンクリームを入れたものとか、すごい描写が詳細だったのです。銘柄も書いてあったので、そこのサイトを調べて、どんなチョコレートが出ているかというのを見たのですが、そのチョコレートが2019年9月発売の新商品だということが判明しまして。2019年2月だから、ここに出てはおかしいと、一応言ってみたんですが、まあ、それは直らなかった。つい調べてしまうというのがくせになっているところがあります。
・インターネット検索
どうやって調べているかという話をしますが、一番調べているのは、参考にならなくて申し訳ないのですが、「過去記事データベース」。うちの新聞の過去のデータを、いまですと30年分くらいキーワード検索できるようになっております。それは、いったんわれわれ校閲を通って紙面化されているものなので、確からしいだろうということで使っているわけです。そのほかも「信頼度の高いサイト」と書きましたが、たとえば公的機関の発表、公式連盟のサイトとか、そういったものを参考に調べています。
スライドに張った参照(https://mainichi-kotoba.jp/shared-links)は、われわれ毎日新聞校閲センターで共有しているリンク集になっておりまして、「毎日ことば、リンク」とネットでお調べいただければ出てくるのですが、こういうものが確からしいよというのをまとめて、部員で共有しています。あとは「会員制有料データベース」。「ジャパンナレッジ」というサイトは、人名辞典とかいろいろな辞書が一緒になっていて調べられます。
どんなサイトを使うにしても、一つで安心しないで、複数のサイトに当たるというのがもう、基本中の基本になります。たとえば、本の書名を調べるにしても、1回目は書店のサイトで調べて、次は出版社のサイトで調べてみよう、とか。「クロスチェック」というのでしょうか、そういうことを繰り返していくことで、いかに確からしいものに当たれるかということが基本です。われわれはやはり時間勝負のところがありますので、いかに早く「確からしい情報」にたどり着けるかというところが勝負なので、こういったまとめのサイトを作ったりして、調べやすい環境を作っています。
・SNSも調べ物の役に立つ
皆さまに見せるのもどうかと思ったのですが、この例しか見当たらなくて載せました。ついこの間ですが、「三島由紀夫がハチ巻き姿で日本刀を振りかざす」という、これはある写真展の(出品作の)描写です。写真展はいま結構、写真を撮っていいところがありますよね。そういうので(画像が)ないかなと調べると、たまたま動画のニュースで出ていまして。これ(画像)は「振りかざす」かなと思って、手元にある国語辞典を引いてみますと、「振り上げる。頭上にかざす」とあったんですね。これはかざしてはないなと思って、その画像をプリントアウトして出稿部に確認したところ、確かにこれはかざしてはないというので、「日本刀を構える」というふうに直ったことがありました。
そんな感じで、写真というのはインターネットの(SNS)サイトなどでも有力な証拠となり得るところです。改変されている可能性もないわけではないので、もちろんそのまま鵜呑みにしてもらっては困るわけですが、出稿部に「間違っていないですか」とアピールしに行くときの有力な証拠として使うことがあります。
・どう読んでいるか?
ちょっとご参考までに、私はどう読んでいるかという話をします。スライドの原稿の、最初の2行だけ見ますが、「80代になる石原慎太郎が」ということで、まずはやはり名前ですね。一文字ずつ漢字がちゃんと入っているなと、「大」じゃないなとか、太郎の「郎」も「朗」ではないなとか、一字一字見ていくわけです。年齢も80代かどうかを確認します。「久しぶりの」とありますので、前に出た本はいつなのかを確認します。「長編」とありますので、この本のページ数を確認して、もちろん(本の)名前もチェックして、出版社の名前も確認し、「刊行している」とありますので、もうすでに刊行されたかどうかも確認しないといけないわけです。そんな感じで、たった1行読むのでも結構な時間がかかるところです。
こうやって(ペンでチェックしながら)読んでいくと、ゲラがすごく汚くなってしまいます。これは新聞社の場合で、出版の方はあまりゲラを汚さないのがマナーというか、しきたりとなっていると聞いておりますので、このままやると怒られる可能性もあるので、ちょっと参考までにですが。たぶん出版の校正の方も、一字一字前からつぶしていくというのは基本なのではないかと。
こうやって一字一字読んでいると、全然読めないわけです。読んでいるとは言えないわけです。なので、最後、ゲラが直って、もう降ろす(印刷に回す)となったときには、違う目でもう一回最初から読み直して、つながりが悪いところがないかを確認しつつ、さらに、さっき調べたけれど、やっぱりもう一回見ておこうと思って、もう一回固有名詞だけはチェックして読んでいったりしています。私の場合は、1回目ガッチリ読んで、2回目さらっと流しつつ、固有名詞チェックしつつ、みたいな、そんな読み方をしています。
じっくり読めればいいのですが、時間がないときは、もうある意味ちょっと諦めて、①固有名詞②数字、そして③差別表現。読んで不快になることがないか。そういったところに優先順位を付けて校閲するという作業も必要になってくるかなというところです。
・間違いの具体例
こういった日々の仕事の中で、どんな間違いがあるのか、ご紹介していきたいと思います。
①変換ミス
一番多いのがやはり最近は変換のミスです。日本語は同音異義語がすごく多いですから、一字一字見て意味を考えていかないと見逃すことが多いです。これは載ってしまったレシピですが、皆さま、お気づきになりますか。どなたかお気づきになった方。では、目が合った前列の方。
〇〇 作り方の1番の上から3行目の「綿棒」のメンの字。
松風 正解です。さすがですね。「麺」棒ですよね。全然笑えない変換ミスもあるので、変換ミスはとにかく要注意、一字ずつということです。ありがとうございました。
②カタカナの入れ替わり
ひらがなもそうですが、カタカナは一字ずつ(ペンで)押さえて見る癖がないと、頭の中で勝手に読んでしまいます。これはもう大きい見出しなので分かるかなと思うのですが、「ヒワマリ」、うん?というところです。ヒワマリと打って変換しても、たぶん表示されないと思うのですが、「かな変換」で変換してしまうと、こういう間違いが生じる。そして読み飛ばしてしまう、というところなので、チェックポイントです。
③人名の誤りと漢字について
人名の誤りは致命的です。完全に一発訂正が出るところです。この原稿は2016年、ノーベル賞を取った大隅良典東工大栄誉教授の基金の記事ですが、1カ所違う字があるところ、パッとお気づきになりますか。どなたかどうでしょう。どうぞ。
〇〇 一番の上の「大隈基金」のところの「隈」だけ。
松風 そうですね。この間違いは、2016年、ノーベル賞でバタバタしているときに、この間違いが多発しました。さらに、「栄誉」教授が正しいのですが「名誉」教授になっていたり。そういう肩書もちゃんと合ってないといけませんので。
こういった紛らわしい字は結構ありまして、例を挙げてみたのですが、これ(a.崇祟、b.治冶、c.齋齊、d.斎斉、e.柿杮)は全部、右と左で違う字です。
a.左は崇(たかし)という人名とかにも使われる漢字ですが、右は祟(たたり)という人名には使うはずがない漢字。なのに入れ替わってしまう。
b.左は今治市とかの治めるという漢字ですが、右は鍛冶屋さんの冶です。今治市もイマバリと打って変換すれば絶対出ないはずなのに、こっちがなぜか入っているということもありまして、「治」は要注意なところがあります。
c.この二つは別の字です。左はみそぎという意味の漢字で、右は一斉のセイ、そろえるという漢字です。
d.ちょっとややこしいことを言いますが、右と左は別字、でも、cの右とdの右、cの左とdの左は、字としては「同じ字」ということです。「齋」を新しくしようと思って字を変えたときに、「斉」になってしまうことが。そうすると、もう人名の間違いになりますし、字の知識は、校閲として、結構大事なのかなと思っています。
e.どっちが果物のカキの字でしょう。絶対こっちという方、どなたか分かりますか。
〇〇 左。
松風 正解です。果物のカキは、縦棒が突き抜けないのです。右は突き抜けているほうで、これはこけら落としのコケラの字になります。
正直な話、字の違いを覚えていなくてもいいと思います。字というのはある意味無限にあるもので、私も勉強はしているのですが、最近でも、これは同じ字だったのか!とか、全然違う字なのに!というのがすごくよくあります。ですが、こういった「似て非なる字」があると知っているだけで、そこを「疑って」見ることができるわけです。パーツごとに凝視して見ることができるわけです。なので、それは知識として重要かなと思っています。
④数字の誤り
次は数字の誤りです。数字も一発訂正が出るポイントです。これはどうでしょうか。どなたか、パッと分かりますか。お願いします。
〇〇 年収300円。
松風 そうですね。年収300円というところですね。ほかのところはちゃんと「300万」と入っている分、やっぱり1カ所だけ抜けていると見落としやすいんですね。それだけでなく、単位のミスも多いです。レシピで野菜を8mm角に切るというところが、なぜか8cm角となっていて、巨大すぎると言われたミスもあります。なので、数字は単位込みでチェックです。
⑤事実関係の「誤り」
これは写真に付いている、「P説」と呼んでいますが、写真説明です。手しか写っていなくて申し訳ないですが、これは現役時代のイチロー選手の手です。「メッツ戦の四回、ライトの打球に飛び付く」とありました。そのときは時間が押していたのもあって調べなかったのです、ライトだろうと思って。そうしたらその日、あとから調べると、イチロー選手はレフトを守っていたということがわかって。さすがにイチローといえども、レフトからセンター飛ばしてライトまで走っていくわけないと思って…実は一度、イチロー選手はそういう例があったらしいですが…ああ、もうこれは訂正だと思ったのですが。結局、「ライトの打球」とありますよね。バッターの名前がライトだったとわかって、ああ、よかった、命拾いをしましたという例になります。
もう一つは、苦い思い出の例を紹介します。あえて原文は載せませんでしたが、ある作家の先生のエッセイでおわびが載ってしまったのです。その先生は、沖縄の基地の問題に興味を持たれて、実際に沖縄の基地反対の座り込みの現場を訪ねて、エッセイを書いておられたんですね。その中で「自衛隊員」が座り込みの住民の足を持ち上げて強制排除したというふうに書かれていました。
これは再校といって、2回目に大まかに読む役割だったというのもあるのですが、防衛省がメインに埋め立てを進めているという先入観があって、つい読み飛ばしてしまったのですが、「自衛隊」と「機動隊」とでは全然意味が違っていまして。
何が一番いけなかったかというと、この見逃しによって、沖縄で座り込みをしている当事者であるとか、基地に悩む関係者の方には、やっぱりみんな口だけで「沖縄のことを思う」とか言っていても、何も分かってないじゃないかというふうにとられてしまったのです。しかも、それをこうやって報道する新聞社まで、間違いに誰一人気付かなかったのかということになりまして、大変失礼というか、軽視しているのではないかと、すごく残念な気持ちを抱かせてしまったというところです。ちょっとした言い間違いであったとしても、それを防げなかったというのはすごく反省したところです。思い込みや中途半端な知識に頼るのではなく、やっぱり一個一個確認することが必要ということですね。
⑥字以外の「誤り」
これは間違いというわけではないのですが。校閲ではイラストとかこういった漫画、地図等ももちろん校閲しております。この漫画を読まれたことある人いますか。これは毎日小学生新聞で連載している「あげたてコロばやしくん」というコロッケを主人公にした漫画なんですけれども。私は(当時)校閲を担当していまして。ある日、カレーが出てきました。別にこのカレー、何の問題もない普通のおいしそうなカレーなのですが、ふと思い出すと、数日前に載ったコマで「ハンバーグカレーでトッピング、アスパラで」と注文しているわけですね。私、このトッピングと組み合わせ、すごくいいなと思って印象に残っていたのですが。でも、実際に運ばれて食べていると、カレーに何も載っていない。ハンバーグもないし、アスパラもないとなりまして。まあ、直さないだろうなと思ったのですが、ちょっと言ってみたら、ちゃんと細かい絵で描いてくれて、ちょっとこれはうれしかったので、記念にゲラをとってあります。
⑦日本語の「誤り」
ある日「自作品は自分で味わったり、友人にお裾分けする」というふうにあったんですね。「お裾分け」というのは、人からもらったものをさらに他の人に分けるという意味で、自分で作ったものに使うのは不適当と、毎日新聞の用語集では決めています。もちろん普段の会話では使うと思いますが、やっぱり新聞としては、ある程度の規範を示すことが求められますので、ここでは「振る舞ったり」というふうに直しました。
言葉はやはり道具だと考えておりまして、たとえば「れる」「られる」とかも変わっていくわけです。会話で使うのはかまわないし、合理性があるから変わっていくものなのですが、やっぱり新聞としては、ある程度規範を示す日本語の番人というか、そういった役割もあるのかなと思っています。
また、「当たり年」という言葉がありますよね。当たり年は「台風の当たり年」とたまにテレビでも言ってたりするのですが、もともと収穫物とか、そういった喜ばしいことに使うのが普通です。なので、台風に使ってしまうと失礼というか、けしからんということになりますし。普段使っている言葉であっても、あらためて立ち止まってちょっと気を付けておくということは大事なのかなと思っています。
(実技)
皆さま、そろそろうずうずしてきたころだと思いますので、ここらで実技用紙面を配らせていただきたいと思います。15分ほどでお願いします。
(解説)
一読はしていただけましたか。申し訳ありませんが、このへんで答えを配ってみたいと思います。皆さんプロの人もいるのかなと思って、上級編でいっぱい間違いを入れてしまったのですが。実は全部で27個ほど仕込みました。
たとえば、行替わりですね。行替わりにはこういったダブりとか文字抜けが大変起こりやすい。これは見逃しやすいです。日本語的には「ほぼベストの布陣を敷いた」というところ。「布陣」自体に「陣を敷く」という意味がありますので、これは重言ですね。
他に説明が必要だと思うのは「ティア1に属する全10カ国」とありますね。これはラグビーなのでいろいろな国の人が入っているという話はあるのですがそれではなく、(ティア1に属する)スコットランド(※講座時には「アイルランドとスコットランド」と申しましたが誤りでした。アイルランドは国名です。申し訳ありません)は国名ではないわけです。なので、たとえば「伝統国スコットランド」という表現もたまにあるのですが、国名としては認められていないということで、「全10チーム」となります。
日本語でもう一つ言うと、「明るみになる」。これはすごくよくある間違いで、「明るみ」で明るい場所ということなので、「明るみに出る」で悪いことが明るいところに出てしまう、という使い方です。
皆さん、いくつできました? 全部見つかったという方はいませんか。よかったです。校閲という仕事はそういうのを、全部見逃さないで初めて意味をなす仕事です。27個中26個見つけたからといって、一つ見逃すと、やっぱり「なんだ」というか、「ああ」と思われてしまいます。どれだけ間違いを見逃さないのが難しいかということを、実感してもらえればよかったかなというところです。
(まとめ)
最後に一つだけ、どうしてもお伝えしたいことがあってお話しさせていただきます。校閲という仕事はいままで見てきたとおり、間違いを防いで、読者の紙面への信頼を守っていくという仕事です。これももちろん大事なことなのですが、間違いのない紙面は誰のためかというと、やはり読者のためです。そういうところを大事にしていきたいという話です。
毎日新聞社の校閲では、校閲記者は「最後の記者で、最初の読者であれ」と言われるのですが、「最初の読者であれ」というところについて、ちょっと事例を交えてお話をしたいと思います。
このスライドを一読してください。これは戸籍上は男性なのですが、女性としていま現在暮らしているという性同一性障害の方の記事で、問題は見出しです。「性同一性障害男性」というふうに見出しが付いてしまいました。確かに戸籍上は男性ですし、誤りとは言えないのかもしれないのですが、やはりいま現在、女性として暮らしている人に対して、わざわざ性別を挙げることはない。もしその人が読んでみたらどう思うか、と考えたときに、やはりこのような見出しは不適切であろうということで、この場合は「当事者」という表現に直りました。
ここで大事なのは、読者の気持ちに寄り添うということです。やさしい紙面を作っていきたいという気持ちをもって、われわれは仕事をしています。もちろん誤りを防ぐことも大事な仕事ではあるのですが、校正支援システムも、補助的なシステムとして使いつつあるところです。そういったものがどれだけ開発されようと、人の気持ちになりやさしい言葉を使うとか、誤解につながる表現を使わないというところでは、やはり最後は人の目で見ていかなくてはいけないのではないかと思っております。
ということで、校閲という仕事は信頼を守ることと申し上げましたが、ただ誤りのない紙面を作るというわけではなく、できればやさしい紙面を作っていきたいという気持ちで仕事をしています。もちろんそれは新聞だけに限らなくて、出版でも何でも、世の中に出るもの全てに当てはまるものかと思います。共有といいますか、仲間になっていただけたらいいなと思って、きょうは話をさせていただきました。
最後、宣伝になってしまうのですが、毎日新聞校閲センターでは『校閲記者の目』や『ミスがなくなるすごい文章術』といった、間違いなどをまとめた本とか、「毎日ことば」というブログでコンテンツを発信したりしておりますので、機会があればのぞいてみてください。
つたない発表を最後まで聞いていただき、誠にありがとうございました。
司会 どうもありがとうございました。時間が押しておりますが、もしご質問がある方、よろしければ、いただけますか。いかがですか。最後の校閲でこういうことを聞いておきたいという方いらっしゃいませんか。ぜひどなたか。
〇〇 お話、どうもありがとうございました。参考になりました。校正テストについて伺いたいのですが、私は新聞校閲はまったく詳しくないので教えていただきたいのですが、いま読んだラグビーの記事の後ろから3行目、リーチ・マイケルのところですが、東芝の後ろ。イコールみたいな記号は、これは文末は入らないものですか。(「リーチ・マイケル=東芝。」というところ)
松風 これは新聞ルールなのかもしれないですが、文中の場合は双柱(=)で挟むというルールですが、文末、マルに続く場合は片方でいいというルールになっています。
〇〇 そういうルールは何か決めごと、さっきの用語集ではないですが、そういうものはあるんですか。
松風 そうですね。これは表記スタイルというのが決まっておりまして、記号の使い方も用語集で決めています。
〇〇 では、毎日新聞の用語集の中に載っている。
松風 そうです。載っています。
〇〇 ありがとうございます。
松風 新聞協会というものがありまして、そこで年に2回くらい、用語の懇談会があります。それで他社を含めて、毎日さんはどういう表記をしていますかとか、こういう書き方はどうですかと相談する会議があります。それをもとに読みやすいように決まっているということがあります。
司会 ありがとうございました。ほかにどなたかいらっしゃいますか。
〇〇 お話ありがとうございました。日本語力がとても重要かと思いますが、そういったことを上げるために、何か心がけていることとか、日々行っていらっしゃることがもしあれば教えていただけますか。
松風 難しいですね。ちょっとだけ言いましたけれども、普段自分が使っている言葉とかでも、知らないことが結構あります。なので、ちょっと耳慣れないなとか、そういう言葉があれば、その都度、辞書を引いて読むとかそういうことはしています。あと、誤りやすい言葉とかがまとめられているものもありますよね。さっき挙げた本もそうですが、そういうので知識を入れておくとか、そういったことはしています。
司会 それでは、先生、どうもお疲れさまでした。
(2019年10月24日(木)AJEC編集講座での講演より)