「売れないんじゃない。売らないだけなのだ」
自分がお話しする中に成功事例があります。成功事例は自慢話ですから、あの人、自分の自慢話をして帰っていった、と思われないために、その成功事例がいかに普遍的なのか、原則があるのかという説明をするつもりです。
今、出版界が不況であると言われる中で、売れている本や雑誌があります。今日は、どうしたら売れる本や雑誌になるのだろう、売れる本や雑誌を作りたい、それには、どういう戦略が必要で、どのようにプレゼンテーションをすればいいのか、ということを人間関係も含めまして、お話ししてみたいと思います。
僕は今までいろんな人とお会いしました。素晴らしい編集者、著者、タレントさんから政治家、有名無名のあらゆる人たちとお会いして、印象に残った人が2人います。
なぜ印象に残ったかというと、ある言葉が印象に残っているのです。
「売れないんじゃない。売らないだけなのだ」というひと言です。
本が売れない、雑誌も売れない、という言い方をするのですが、それは大間違いで、要は、「売ろうとしていないから、売れないんだ。内容も問われるが、それだけではないのだ」こう言った方が2人いました。
1人はもう15年前に亡くなられた、僕の尊敬する編集者の一人、安原顕さん。『マリ・クレール』、『海』の編集をやった著名な方です。自称、村上春樹を自分が育てたと言っている方で、村上龍も村上春樹も田中康夫も、吉本ばななも吉本隆明も、みんな僕が育てた、という人でした。真偽は別として、ここからは安原さんから僕が直接聞いた話をします。
村上春樹の原稿を見て「こんなの、読めるか」と捨ててしまったという神話が残る人です。その彼が「本は売ろうとしないとダメなんだ」ということを言っていました。その具体的な話はこれからお話したいと思います。
もう1人、黒川精一さんという方。この人は僕よりかなり後輩です。40代かな。この人はミリオンセラーを3冊出した人です。『医者に殺されないための47の心得』と『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』を、アスコムという出版社で、その後サンマーク出版に移りもう1冊出しました。
この人がなぜ、僕と関係があるかというと、6年前、自書の『僕たちはアイデアひとつで未来を変えていく。』を出版した時、この本の編集担当者が、百万部の本を出し続けた黒川さんでした。しかもアンカーライター をつけるなんて、編集者だった人が何と不届きな、という方もいるのですが、そのアンカーライターをやってくれたのは三浦崇典さんという方で、これまた、今や時の人になっています。池袋に天狼院という話題の書店がありますが、そこの社長が三浦さん。その書店を創業する直前に、僕の本を黒川さんと一緒にまとめてくれた人です。
黒川さんが凄いなあと思ったのは、「本とは売ろうとしないと売れないんですよ」というセリフです。
実は、僕は自分の本を出版する際、どこにも売り込みに行ったことがなかったんですね。
アスコムの社長は、同じ大学の10年ぐらい後輩の高橋克佳さんで、この方も出版界では有名な辣腕編集者であり社長です。
高橋さんから「アスコムをもっと成長させたいので相談に乗ってくれませんか」という電話が来て、後日2人でお茶を飲むことになりました。「どうやったら出版界って、いろんなビジネスができるようになるのでしょうね」といった話です。日頃考えていたことをお話しました。「こういうことができますよ、こういうこともできます」と。ところが最後の最後に、「島田さん、わが社で何か本を出しませんか」というようなことを高橋社長に言われました。
「いや僕が本を書くなんて」と言った記憶があります。たまたまその日、偶然ですが、直前に講演の打ち合わせがあり、講演の資料をたくさん持っていました。ビジネスに関わるアイデアの数々を記した講演のレジュメでした。高橋社長から、「これ、ちょっと預からせてもらえませんか」と言われ、お預けしました。A4コピーで、結構な厚さでした。それが1月のこと。3月になっても何の連絡もなく、4月の半ばぐらいになって、高橋社長から電話が入りました。
「本の件で、ちょっとお会いしたい」という電話でした。
アスコムを訪ねたところ、そこに座っていたのが黒川精一さんで、のちに百万部の本を3冊出した編集者です。高橋社長、当時編集長の肩書きだった黒川さん、隣に三浦さんがいて、4人で会議をしました。
そしたら、「島田さんの本を出すことにしました」と切り出しました。その時までに、黒川さんは全部の資料を読み切って、表紙もタイトルも、目次も出来上がっていて、「僕はこういう本にしたい」というのです。多忙な人が3ヵ月間で資料を読みこなして、本の台割りはこうしたいと、細かいことまで構想ができていました。僕は驚きました。
全部が、考え抜いてできていたんです。ということは、デジタル本などでよくある、編集担当がいない状態などはとんでもないことなんです。「編集者はいらないよ、著者の原稿をそのままで校正して出せばいいんだ」という話をよく聞きますが、やっぱり、いい本かつ売れる本をつくるには編集者の介在が必要で、編集者は何をすべきなのか、という編集者の存在意義を高橋さんと黒川さんに改めて教えてもらった瞬間でした。
売れる本というのは編集者1人の活躍に起因するものなのか、出版社全体の総力に起因するものなのか、どっちなのだろうと考えることがあります。すぐに愚問だということがわかりました。両方とも不可欠なんですね。「1人の編集者がどんなに頑張っても、会社全体が組織として動かなければ、売れる本が生まれない」というのが社長としての高橋さんの考え。編集者である黒川さんは、売るため編集者がやるべきことは何か、を考えることだと言います。二人ともその時にはすでに、僕の本をどうプロモーションしようか、テレビに出た時などはどういうキャッチフレーズでいこうか、書店対策、書評など、全てにおいてプランを持っていたのです。書籍とは、最初からどう売ろうかを全て計画の中に入れておくべきだということを学びました。
僕はマガジンハウスで、書籍編集者を6、7年経験していて、何冊も担当しました。例えば、著者で有名な高野てるみさんの『ココ・シャネル 女を磨く言葉』がそうです。高野さんはその後、『マリリンモンローの言葉』など、ベストセラーをどんどん出すとともに、映画配給会社の社長や、映画評論家、編集プロダクションの社長をやり、祐天寺で文化サロンも主宰している、僕の古くからの友人の一人です。その高野さんの本の編集担当をしていた当時を思い起こすと、黒川さんが僕の本のためにとってくれた行動の多くを、僕はやっていない。自分は何とだらしない編集者だったのだろう、と思いました。
後で出てきますが、編集者は単に原稿をまとめるだけではなく、どう売ろうか、売るために何を加筆してもらおうか、など一応全部やるのですが、そのやり方が百万部の本を出す黒川さんの動きと比べ、僕は全くレベルが劣っていました。
ということで、やはり本というのは、いい本だから売れる、内容が濃いから売れるではなく、売ろうとするから売れるのです。「あの本いい本だね」という、「いい」というだけでは、本は売れない。出版界では、いいと言われたのが売れるとは限らないと、この2人から学びました。そういうことも含めて、これからお話していきたいと思います。
黒川精一さんはいろいろとネット上でコメントしています。百万部を出すコツまで惜しみなく書いています。タイトルやカバーは何週間も考え抜く。その中で、「インパクトの強い言葉」を選び出すそうです。例えば『医者に殺されない47の~ 』では「殺されない」という5文字がそうです。黒川さんのタイトルを追っていくと、必ずインパクトの強い文字が5文字入っています。では、きょう、お配りしたレジュメの最初からいきましょう。
1、度胆をぬく企画(企画バリュー、ピンクドンペリかき氷の例)
例えばかき氷という言葉が夏になるとよく出てきます。気温が30度以下だとアイスクリームが売れて、30度を起こすとかき氷が売れる、というわけで去年も今年も、かき氷がブームでした。
リッツカールトン東京というホテルが六本木にあります。ここで以前、出していたかき氷に「ピンクドンペリかき氷」があります。なんと5500円弱です。結果、ひと夏で100食とか200食とか出たのです。試食に招かれた時、企画担当者に「高すぎないの」と値段設定について聞きました。「島田さん、マスコミって、単に普通のドンペリかき氷を2000円で出しても、どのホテルにもあるので誰も取材に来ないでしょう」というんです。ピンクドンペリはボトル1本で2万5000円から3万円と高価です。そのお酒をたっぷりかけて、白桃を3切れか4 切れつけて、5500円弱という値をつけて出す。つまり、単なるドンペリではなく、ピンクドンペリだから注目されるのです。
ということは、平均的なものではなく「尖らないとだめ」なんです。それを黒川さんはタイトルの中でやった。
僕もマガジンハウス時代、尖ったことをやりました。例えば、日産、トヨタで何をやったか。企画開発部という部署でタイアップ広告の企画とセールスを担当した時のことです。
新車が発売される度に、雑誌とのタイアップ企画を持っていきます。すると両社とも、「ありきたりのことはしてほしくない。金はそれなりに出すから、ありきたりでないことをやってほしい」と言うのです。
そこで何を考えたか。まず日産自動車。幕張メッセでモーターショーがあります。「日産の車を目立たせる企画を出してほしい」と言われ、どうしたでしょうか。
東京駅からみんなJR京葉線で会場へ行く。会場に入ってしまったら、日産もトヨタも外国の車も全く関係なく、ワン・オブ・ゼムになります。そこで、東京駅を、日産自動車の車一色にしてしまったらどうだろう。あそこはコンコースが長いんです。しかも京葉線の上には広いスペースがあります。ここを全て日産で埋めてしまったら、幕張メッセに行く前に、日産の情報が全部わかる。後はメッセで見てください、という企画を考えました。柱の数を全部数えて、丸い柱が何十本、電光が全部で何十箇所、その他に壁が何平米と、掲示可能な場所を全てチェックし、料金を想定して、雑誌のタイアップとしないと許可が下りないので、『ブルータス』1冊を日産自動車の特集にしてその記事と記事に載った車を掲示するという、企画を提案したのです。
車のガソリンを全部抜かないと、公共の場所には置けない。以前車の展示で、消防とトラブルがあり、当時の東京駅の駅長は大反対。打開策として、売り込む時に誰を攻めたらいいのか、ということを考えるわけです。それを考えずに単に代理店に持っていって「やりませんか」と言っても、決定権を持つJRの上層部に上がるまで数年もかかります。そこで友人であるJR 東日本の副社長のところに行きました。過去に広報課長をやっていた優秀な方です。我々メディアの間で有名なアイデアマンです。
JRは、上からのトップダウンだとすぐ動くんです。逆に下からだと 上まで行くのに2年や3年、5年かかります。副社長に相談した結果、OK だと言うんです。副社長が「僕が責任をもってやるから」と周りを説得したそうです。今度は日産がビビってしまった。「誰もやらないことをやってほしい」と言いながら、「なんでそんなことができるんだろうか」って。社内の会議にはかっている間に期限切れで、制作できなくなってしまった。
トヨタからも同様の話がきました。「新車を出すので、変わった発表会を考えてほしい」と。まず考えたのは、「ヘリコプターの上から逆さまに車を吊るして、東京の上空をぐるぐる回ったらどうでしょうか」「それは危険だ。危険じゃない他の方法を提案してほしい」といったやり取りの後に、トヨタからきたのは、「山手線に車を走らせてくれ」ということでした。
また副社長の所に行ったんです。「やり方はあるよ。山手線は間隔が前後2分30秒ないとあいだに臨時列車を走らせられない。並走する埼京線なら可能だよ」とアドバイスをもらいました。埼京線が並走する区間は大崎から新宿をとおり池袋までなんです。車を貨物車両に載せるところは川崎か大宮。貨物車両は四角いコンテナをとったら、平なんですね。そこに車をのせて、たとえ大崎と池袋の間でいいから埼京線の線路を走らせよう。そして例えば渋谷だったら、109–Ⅱの壁面にある超大型画面に車種や埼京線を走る車の様子を映す。新宿だったらアルタで映す、というプランです。驚いたのはトヨタ。「そんなことできるんですか?」「だって、やれって言ったじゃないですか」ということで、いざとなったらビビる。結果はこれまた結果が出ないまま期限切れでした。
その後トヨタは、クラウンという高級車のカスタム雑誌を依頼してくれて、『HaRuKa』という雑誌の編集長を2年続けました。記憶では80万部くらいです。
このように尖ったものでぶつける勇気がないと、注目してくれません。手もみ営業で「1ページ5万円で、やらせてください」では赤字ですよね。安売り競争に陥らないためにも尖った企画は大切です。クラウンの『HaRuKa』では、安売りはなかったです。「マガジンハウスさん、いいものをつくってくれるなら、お金は出しますよ」でした。
こんな例もあります。森永乳業が森永カフェラテをコンビニで初めて売ろうという時のことです。「カフェラテを日本で初めてコンビニで売り出す。何かインパクトのある手法を考えてほしい」と。
その時、僕の友人がシアトルにいました。今でいうスターバックスですが、なんだか変わった喫茶店が1店あるというんです。後に、スタバの1号店とわかるんですが、「シアトルが面白そうだ。シアトルへ行って撮影しよう。マガジンハウスの雑誌を6誌持っていって、6ページずつで36ページ。ロケ代込みで5000万円で」と提案しました。博報堂の担当部長は、「こんなの通るわけがないよ。なんで森永のカフェラテがシアトルなんですか? 意味が分からない」。「いや今はコーヒー、紅茶の情報発信地がシアトルなんです。アメリカ西海岸のシアトルです」と反論しました。
とはいえ、確かに僕も説明しながら、「そうかもしれない」と思いました。ただシアトルへ行ったらコーヒー文化があるはず。一応、10ページぐらいの企画書を提出しました。博報堂の部長は、ダメもとで森永へ持って行ってくれました。森永乳業の宣伝部では「何、この企画」と全員に笑われて、見事に否定されたそうです。博報堂の部長が、「やっぱり笑われました」と。ビル・ゲイツは、「一度ぐらいは笑われない企画はダメなんだ」と言っていますが。
それから2ヵ月後、 博報堂から電話がかかってきて、「島田さん、大変なことになった。あの企画通ったんですよ」。何が起こったのか、すぐに説明にきてくれました。ある日、森永乳業の社長が宣伝部に来て、たまたま担当者の机にあった僕の企画書を見た。「これをやりなさい」と。森永乳業の社長の末妹がシアトルのワシントン大学に留学していたのです。「シアトルでは新しいコーヒーメニューがどんどん生まれている。お父さんおいでよ、面白いから」と手紙を送っていた。社長だけが「コーヒー文化はシアトルだ」と知っていたんです。
カフェラテの商品を見てください。真ん中にマウントレーニアという山が描かれています。シアトルの郊外から眺めることができる有名な山です。そんな訳で、5000万円いただいた。これは、運がいいとしか言えないかもしれません。こればかりは一般化できる話ではないかもしれませんが、信念を持って企画を立てればブームに火をつけることができるということです。誰に笑われようと信念を貫いてみることです。
というわけで一番目は、度肝を抜くということ。
2、企画発想術を身につける(5つの手法)
僕がやっている手法についてお話ししましょう。不思議と黒川さんもそうですし、他の売れている本を出している編集者の皆さんがやっていることと同じだと思うんです。ただし、レジュメにも書いたこの5つの企画発想法は、僕のオリジナルです。
売れる5つの発想法です。
まず1つ目は「困った」というテーマです。書籍でも雑誌でも、カスタム出版でも同じですが、まず最初に自分が困っているテーマを書き出します。売れない本というのは、誰も困っていない、今これを買う必要がないものです。自分が困っていることは、他人も困っているのです。
「あゝ、こういうことをこのように解決してくれるのだ」という、今困っていることを強いインパクトで「あなたは困っていませんか」と訴えるのです。例えばダイエット本や病気本です。「医者や病院を探してるんだけど」「がんで最近手術をしたら余命宣告を受けて、どうしたらいいのだろう」という、「困った」というテーマは、売れます。もう一度言います。自分が困っていることは、他人も困っている。
2つ目は「得する損する」というテーマです。得するというのは例えば税金対策。最近、過払い金問題が浮上しています。法律事務所がやっていて、弁護士事務所ではありません。法律が変わったために、返さなくてもいいものがたくさん生まれてきました。返さなくてもいい人が大勢いる。当たり前のビジネスです。得する、損するというテーマには人は敏感です。
ちなみに「何とか力」などもそうですよね。例えばここ10年間のベストセラーを見ると「集客力」「目力」「聞く力」「伝える力」「悩む力」。そもそも「~力」をつければ上手くいけば5万部や10万部は売れてしまうようです。力を蓄えると得をするのでしょう。
「困った」「得する損する」というテーマの中から派生するのは「不安」とか「その不安のための準備」というテーマです。例えば今、書店に「未来本」みたいなものが出ています。「あなたの仕事は未来、生き残れるか」「あなたの住む町は、存続するか」という未来本です。典型的に売れたのは、『ノストラダムスの大予言』とか『富士山爆発』『日本沈没』など、漠然とした不安を本当だろうかと思わせるテーマなのです。
3つ目は「VS本」。今日の最後に詳しく話ししようと思っているのがビジネス心理学です。VS本はその一つです。編集者に必要な資質の中に、読者の心を掴むための心理学というのがあるのです。実は編集者が誰も注目しないジャンルなんです。編集者は、すべからく心理学の達人でないとダメだ、というのが僕の考えです。そこでVSとは何か。
例えば、「誤前提暗示」というのがあります。 間違えた前提の暗示。
これは雑誌でよく使います。書籍でも使われる手法でもあります。例えば「ビルズ」と言うレストランがあります。オーストラリアのシドニーにあるこのビルさんのレストランには、「世界一おいしい朝食」という称号がついています。一方、ニューヨークに、女性がオーナーがやっている「サラベス」というレストランがあって、こちらは「朝食の女王」と呼ばれています。数年前、両店が日本に上陸しました。雑誌はこぞってどちらがおいしいか、「あなたはどっち派?」という企画を立てました。このVS 方式では、その2つのレストラン以外が消えてしまうんです。もっとおいしい朝食を出す店がたくさんあるのに、です。
巨人か阪神か、どっちかと言われると他の球団が消えちゃう。お相撲もそうです。あらゆるジャンルで可能な「どっち対どっち」。これみな3位以下を消し去る誤前提暗示です。
錯覚を起こさせた本の、典型例があります。『金持ち父さん貧乏父さん』。考えてみてください。普通のお父さんが一番幸せかもしれない。にもかかわらず、金持ち父さんか貧乏父さん、どっちが幸せか、あなたはどっちのタイプ? とんでもない、90パーセントは普通のお父さんです。ですが、これも誤前提提暗示なのです。
4つ目は、黒川さんが一番得意としている「常識のウソ」という切り口です。「20世紀の常識、21世紀の非常識」と言われるくらい常識というのは変わるので、常識の否定というテーマが売れるんです。例えば『医者に殺されない~』という本。医者って患者を死なせないための職業ですよね。医者に殺されない、というインパクトによって常識を変えていく。
黒川さんのネットを読むと、「著者という人たちは、優秀な人が多い。専門的知識を持っている。その人たちは当然常識も持っている。10とか20の常識を出させると1つぐらいは常識でないものが出てくる。これを本にする」と語っています。
常識のウソというのは、医学書やビジネス書ばかりでなく、歴史本で売れているのも多いんです。「織田信長は生きていた」とか、昔にヒットしたのは、「源義経はジンギスカンになった」とか「松尾芭蕉は忍者だ」など。ほんとかなぁと思うのですが、つい読みたくなる。
『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』も、本当かなと思うけれど、読みたくなるタイトルです。長生きしたければ酒をやめなさいとか、タバコをやめなさいとか言うよりも、突然、ふくらはぎをもみなさいと言われるほうが、自分の常識外のことで、驚くのです。
5つ目は「異なるテーマの組み合わせ」。これは僕もよく使いました。雑誌『Hanako』で、例えば「アウトレット」という特集をやって一世を風靡しましたが、一流ブランドと安売りという違うカテゴリーを組み合わせたものです。同雑誌でやった「海外ウエディング」もセンセーションを巻き起こしました。海外旅行と結婚式を組み合わせたのです。このように2つのカテゴリーのテーマを合体させる、または同じテーマでも違うカテゴリーを組み合わせるのです。
また黒川さんの例を出しますが、例えば料理本を出す時の彼の手法は、Aというカテゴリーと B というカテゴリーを抽出して、その2つからCというカテゴリーを導き出す手法です。 A =料理がうまく作れない、困ったを本にしよう。これでは売れないのです。みんな同じことを考えるから。B=時間がかかって困っている。じゃあ、というと1分とか2分料理法とかになり、すでに出版されている。黒川さんは違っていました。1番目=料理が下手、2番目=時間がかかる、そこで「時間がかからなくて、おいしい」という、Aと Bを足して、Cをつくってしまうという手法です。
2つの違うテーマを取り混ぜて、全く別の1つのテーマにする、という違うカテゴリーを組み合わせる手法です。
こういうふうにテーマをどうしたらいいか、と迷った時にこの5つのテーマの中で考える。自分の発想法を持てばいいのです。これが僕の手法で、「5つの手法を持とう」という考え方です。「困った」「常識のウソ」「VS」「損得」「テーマミックス」です。
3、リリースか仕掛けか(プレスリリースで企画を立てるな)
今、雑誌が売れない時代と言います。もちろん売れている雑誌もありますが、売れない理由は何か。編集者は、もらったリリースで、記事をつくってしまうというケースが結構多いようです。例えばホテルは 9月、10月はクリスマス商品の発表会が続きます。クリスマスケーキの発表会が毎日のように行われています。リリースを集めてそれを記事にしたり、企画を考えます。リリースというのはインターネットでタダで見られるのです。そんな記事や企画を読むのにお金を出してまで雑誌を買わない。リリースを集めて記事をつくってもダメです。
ティラミスという、今から30年前の8ページの特集記事についてお話をしようと思います。『Hanako』といえばティラミスと言われたほどの大ヒットの特集でした。編集とは何か、編集者は何をなすべきかという本質がそこにあると思っていて、こればかりは、自慢話と思わずに聞いていただければ幸いです。
当時、イタリアンレストランを特集していました。あの頃は出版社はまだ原資がありました。スタッフが手分けして200店、300店を下見して、客になりすまして食べて、下調べをしていました。スタッフ全員の報告は「チョコレートのパウダーがかかっている、チーズが入ってるようなデザートがおいしいですよ」というのです。主材料のマスカルポーネチーズが日本に入ったばかりで、チーズ業者も売り込みに懸命でした。そこで「よし、この特集をやろう」となったのです。当時の僕の上司の編集長が、「デザートの女王、ティラミス」というタイトルをつけました。なかなか上手いタイトルでした。
僕がやるのは仕掛けです。8ページの特集です。どんな切り口かというと、当時、読者の女性が憧れ、訪れる場所を4つのシーンに分けました。まず高級レストラン、2番目がデパ地下、3番目が一流ホテルです。若い女性にとって高級レストラン、デパ地下、一流ホテルは当時憧れのライフスタイルでした。4番目にカジュアル・イタリアン。フルコースを頼んで最後に出るのでは何万円もかかるから、 カジュアルレストランにもあるかどうか。この4つのシーンにあればヒットは間違いないと確信しました。
ところが、ない所が1箇所ありました。どこのホテルにもなかったのです。
ではどうしたのか。僕と担当の編集者で、帝国ホテル、今はなき品川パシフィックホテル 、ハイアットリージェンシーに名を変えた新宿の小田急センチュリーハイアットホテルなど4ホテルの料理長に直談判に行ったのです。何月何日に特集を組みますから、それまでにメニューを置いてもらえないだろうか。当時『Hanako』は飛ぶ鳥を落とす勢いでしたから、全部のホテルがOKでした。「やらせ」とは違います。「仕掛け」なんです。
これら4つのシーンにあることで、「食べてみたい」と思わせるのが仕掛けなのです。
今日はヒット商品の仕掛けの話ではないので割愛しますが、特に雑誌の企画づくりには、仕掛けが不可欠ということを肝に命じていただければと思います。
僕の会社名は「流行仕掛け研究所」という名称です。流行というのは必ず仕掛け、コンテキストが絡んでいます。雑誌も書籍も例外ではありません。記事、コンテンツの質や内容も大切ですが、雑誌の企画もカスタム出版の企画も、単に集めた情報を羅列するのではなく、こっちから仕掛けていくという姿勢がなければ、売れるものはできません。昔、『オリーブ』という雑誌がありました。おしゃれな雑誌でした。編集長が自らアパレルに出向いて、こういう雑誌をつくりたいのでと説明して、おしゃれなハイティーンの女子向けの洋服をつくってほしいと交渉した。既存のブランドではないものを、です。だから、おしゃれな『オリーブ』が出来上がったのです。
すでに存在するものの情報を集めてきて、それをまとめればいいというのは編集でも企画でもなんでもない。先日、他社にいる後輩の編集者に会って、話を聞くと、みんなリリースをもらって、「面白いこのネタをやろう」で雑誌をつくっているという。こちらから、こんなこと始めませんか、という提案を誰もしないようです。取材される側の人はみんな提案を待っているのです。ホテルやアパレルや百貨店や自動車メーカーは、「こんなことを一緒にやりませんか」という話を待っているし、アイデアがほしい。一緒になってやってくれる出版社を探しています。要は仕掛けていくことです。
4、流行、ブームをつくる気で臨め (インパクトの効用)
仕事をするならブームをつくる気で臨んでほしい。「ブームをつくるなどというのはおこがましいこと」と思っている人も多いでしょう。しかし、ムーブメントにならなくては、その企画の凄さは広く伝らない。僕はブームをつくろうとは思わなかったし、つくれるとも思っていませんでした。しかし、多くの読者に共感を覚えてもらいたかったことは確かです。アウトレットも結果ブームになったし、海外ウエディングもブームになりました。その昔はアンノン族の旅の担当を『アンアン』でやっていたので、その時はペンションのブームをつくったり、様々な仕掛けをやりました。ムーブメントが起こり、多くの読者がそこへ大挙して行くようになると、とても嬉しいものです。
結果としてそれらは流行とかブームになりました。単に面白そうだからやろうというのではなく、どうしたらムーブメントになるかというイメージを頭に描くべきです。仕掛けを含めた構想を立てることです。このことが黒川さんが言う、本というのは企画の段階でプロモーションまで全部考え、どうしたらこの本が売れるのか、著者が原稿を書く前の段階でイメージしてしまうということでしょう。5文字のキャッチフレーズ「殺されない」を前面に出す。このインパクトを最初から考える。それがブームをつくる気で臨め、ということです。
5、企画を通すための地道な努力を怠るな(3~4段階のハードルを越える)
これもすごく大事なんですが、出版社へ売り込みに行ったり、社内で売り込む時に、まず僕がやるのは、仲間作り。企画会議の前に一緒にお茶を飲んで、「これ面白いんだよ」と意見交換をします。「面白そうですね」「じゃあ応援し合おうよ」ともっていく。意外に上司は、みんなが「それ面白い」と言うと、「自分が知らないだけかもしれない」と思ってしまう。心理学で言うバンドワゴン効果なんです。
書籍の企画を通すにはどの出版社もハードルが高くなっています。まず、フリーの人だと、担当者に対する説明と説得が必要。その後、編集部内の会議がある。次に販売会議があり、本づくりを知らない人たちが出てきて意見を言う。そして、もう少し偉い人の会議があって、最後に役員会議で話し合う。だからこそ根回しが必要だし、「最初の段階から販促をきちんと考えています。著者はこういうところで講演会をやって本を売ったり、メディアに出て宣伝してくれます。 SMS もやっています」と可能な限り全ての可能性を入れ込む。本のテーマがどんなに需要があるかという説得もする。それから類似品の動向も語る。でも、これらは担当者にとって当たり前のことです。皆さんもやっていると思います。
一番大事なのは企画書の書き方。編集者の中には意外と企画書の書き方を勉強してない人がいます。自分が参加しない会議で、企画書はどんどん一人歩きしていきます。企画書が上手く書けない限り、企画は通りません。顔を合わせて説明するというより、「企画書を送ってください」と編集者に言われて送る場合が多く、面と向かって話せば、「それは面白い」と言ってもらえるものでも、直接説明ができないのであれば、企画書がいいかどうかの問題になります。だから企画書は、いろいろな工夫がいる、と僕は思います。
それから一番思うのは、背表紙。ご存知のように、今は初版の部数が少ない。書店の店頭で平積みにされていたものも2週間で片付けられて、1冊が棚に入れられる。店頭でカバーを見てもらえるのは部数が多くてもわずか2週間。最後は背表紙でしか探せません。背表紙のデザインを、デザイナーはほとんど重要視していないのですが、背表紙をいかにわかりやすくするか、目立つようにするかというのも、カバーやタイトルと同様に重要なのです。企画会議で企画を通すためにも、多少は説得力を持つと思います。
6、人たらしになれ(編集者は人脈が命、自己ブランディングを)
編集者というのは、2つのものを持つべきだと思います。1つは情報を持つべき。もう1つは人間を持つべきです。要はどのくらい人間関係があるかどうかで編集者の能力に差が出ます。
僕が在籍した当時の『アンアン』にリレー対談という企画がありました。文化人、芸能人のスターたちが必ず男女で対談するという内容です。AさんがBさんを呼んで、次号はBさんが Cさんを指名する。そしてCさんがDさんを、と続いていきます。 ゲストが翌週はホストになる。それを一部真似したのが昔人気のあったタモリの『笑っていいとも』の「友だちの輪」です。
有名人が必ずしも有名人の友人を持っているとは限りません。スケジュールが合うとも限りません。編集者やTVプロデューサーが出演者を探すことも多いのです。そこで求められるのが「人脈」の多さと「人たらし」という資質です。
編集者というのはいかにして人たらしであるか、「あなたに言われたらしょうがないな」と言わせた者勝ちです。編集者の中には孤高の人でいるのが好きという人がいます。こういう人は編集者に向きません。編集者にとって人脈が命です。本を出すにも、インタビューや対談のキャスティングをするにも、ちょっとしたコメントをもらうにも、友達をいっぱいつくり「お前に言われたら」といって出てくれる人をいかに多く持つかにかかっています。それなしには、いい企画もできないし、企画が長続きしません。狭い世界の中での企画しか立たなくなります。
人たらしになることがどんなに大事か。編集者にとって必要な修業にメディアトレーニングがあります。アメリカで言うとケネディの時代から始まってクリントンやオバマなど歴代の大統領が活用した自己表現術です。大統領以外でも多くの人がメディアトレーニングを受けている職業には、医者や大学教授、企業のトップ、弁護士などがあります。メディアに映った時の受け答え方の助言であり、スピーチやユーモアもレッスンに入っています。昔、ありましたね。ある有名食品会社の社長が、エレベーターの中で「俺だって寝てないんだ」と言った途端に、不買運動が始まったこと。「社長、メディアの前では、こういう受け答えをしてください」というのがメディアトレーニングの基礎です。今メディアトレーニングをふつうに受けると、数十万円かかります。けれども人間を相手にする編集者もやらないとダメな時代なのです。
弁護士も裁判員の人たちから、好印象を持ってもらう必要があります。裁判員の前でどう振る舞うと有利のか、メディアトレーニングをやっているんです。大学の先生もそうです。期末の授業で教員について学生からアンケートを取るのですが、どんなに内容が濃いエライ先生でも、「この先生の授業つまんない」と言われたら、学校からチェックが入る。なんて馬鹿馬鹿しい制度かと思うのですが、そういう先生に、どうやったら学生にこの内容を理解してもらえるか、親しみを持ってもらえるかというアドバイスをするんです。
オバマさんが大統領就任のスピーチで、「変革」という言葉を何十回も使った。それぞれイントネーションとか声のトーンとか、高さ・低さ、暗さ・明るさ、強さ・弱さ、スピードが、全て異なっていたそうです。1時間の中で例えば50回改革という単語を使ったとしても、情況に応じて全て言い方を変える。これがメディアトレーニングの成果なんです。インタビューを受ける相手は緊張しています。編集者にとって必要なのはいかに相手の緊張をほぐすかですよね。僕の仲間で、やはり雑誌「オリーブ」の編集長をやった遠山こずえさんという人がいます。この人は相手をパッと見た瞬間に相手の特長を掴むのが上手なんです。褒めるんです。通り一遍ではない褒め方をします。素敵な洋服を着ていたら、普通の人は洋服を褒めます。でもその人は1日に5人や10人に同じことを言われる。遠山さんはぱっと見て「そのイヤリング、私、欲しかったのです」と言い、「どこで買ったんですか」と続けます。そこでインタビューに入ると相手の緊張感は、全然なくなるのです。距離を感じさせるか、感じさせないかで全然、インタビューで聞き出せる内容が違ってくる。相手との距離感をいかに縮められるか、というのが編集者の資質です。コミュニケーション能力がなかったら編集者は失格です。だからメディアトレーニングは、メディアの人こそ受けなさい、と僕は思っています。
ですから、人たらしの人ほど、いい編集者になれます。黒川さんにしても、安原さんにしても、みんな人たらしです。20年くらい前ですが、日経新聞で安原さんと対談したことがあります。あの人は文芸編集者の代表みたいな方です。こちらは広告収入が出版界で随一のマガジンハウスで、時には広告のために編集権を譲ることも経験した人間です。僕はビビって、「安原さんと対談したくないなぁ」と思いながら対談の席に臨みました。
安原さんの第一声は、「金を稼げる編集者じゃないとダメなんだよ。編集者だって商売人なんだから、金を稼げない商売人なんて 意味がないんだよ」「安原さん、僕は逆で、毎日のように編集権と広告の狭間に漂う出版社にいて、編集者として割り切れなさを感じてたんのです」「島田さん、それでいいんだよ」「僕はいけないと思います」。立場が逆転して、議論し合ったことがあるのです。やはり編集者も商売人であるがゆえに、人たらしであるべき、ということを肝に銘じていただければと思います。
7、ビジュアルプレゼンテーション(クライアントはビジュアルに弱い)
社史というものがあります。どの出版社も「社史を作ります」「自叙伝作ります」という商売が目につきますね。高齢化社会になり、経営者たちが後継者にバトンタッチをし始めました。そうするとお父さんお母さんの業績を何とか残してあげないと、引退がしにくい。そこで引退会場で社史や自叙伝を配るんですね。華々しく業績を紹介して去っていくというのが、今日多いパターンです。社史作り、会長・社長・相談役の自叙伝作りがビジネスになるのです。今僕の手元に「鎌倉シャツ」という会社の25年の社史があります。社史というと分厚く箱に入ったものを想像しますが、驚きました。これは雑誌感覚なんです。ビジュアルで、社史が雑誌並みに写真を多く使っているんです。これは、読む人の世代が変わったということです。だから会社の記録を丁寧に残し、文章でぎっしり埋めた社史の時代から、写真を見せて社史を楽しんで読んでもらいたいという時代に変化したことを意味しています。もらっただけで重くてタクシーで帰らなくてならない、というような社史の時代は終わった。今後どんどんこういう感覚のものが出てくると思います。
ビジュアルものが今もてはやされる背景には、クライアントも著者もそうですが、インスタ映えやグラビア誌の影響があります。そしてもう一つ、言葉だけではイメージが一致しないケースが多くなったことが挙げられます。イメージを一致させるには、絵を描いて見せるのが一番いい方法です。これからは、編集者は絵コンテを書けないとだめだと思います。
結婚式場もそうですね。初めて結婚式をやる人に会場の担当者は「どんなふうなイメージの披露宴をやりたいですか?」と馬鹿な質問をするんです。ほとんどの新郎新婦は初めてなので、分からないから結婚式場へ行って係の人に相談するのに、そんな聞き方をするのです。いい結婚式場では絵をかけるデザイナーを同席させて、花嫁さんが「私はお花がいっぱい飾られた部屋がいい」と言うと、「こんな感じですか」と絵に描くんです。「そう、こう、やりたいの」となる。絵で示すことでイメージが正確に伝わる。デザインというのは人間同士をつなぐ架け橋です。これからはデザイン力なくして、相手に対して説得するのがますます難しい時代になります。言葉だけでは説得できない。だからデザインというのが大切で、いわゆる「ビジュアルプレゼンテーション」が大事になってきます。この能力がないと、言葉で分かったつもりでも、実はちぐはぐなイメージになっていて、後になって、こうじゃなかった、と揉めるんです。クライアントのいるカスタム出版を始め、雑誌や書籍もできる限りお互いにビジュアルで確認しあうということが大事です。
8、ターゲットを研究しているか(飽きられない方法とは)
これが一番大事なんですが、ターゲットの設定です。誰に読ませたいのか、を常に考えますよね。ターゲットはどんなライフスタイルを持っていて、どんなことに興味があって一体何をしたいのだろう、ということを考えます。これをマーケティングの世界では市場調査と呼びます。我々は読者分析と言いますが、これで終わってはだめなんです。
スティーブ・ジョブズは、こういうことを言っていました。
「欲しいものを作るから売れないんだ」
どういうことでしょう。欲しいものがあるからつくるのに。なぜなのか。今行きたい外国は? 化粧品は何を使っているの? 趣味はなんなの? とたくさんの質問を聞いてターゲットの分析をします。この回答から得た情報をもとに分析したもので商品をつくると、「これが欲しかったの」と最初は言うんです。ところが1ヵ月3ヵ月たって行くと、刺激がない。なぜかと言うと自分の感性と同じだから。
もう一つは、人間の価値観や感性は刻々と変わるということです。今はそれが欲しくても、その外国に行きたくても、3ヶ月、半年、1年で別のものが欲しくなるのが現代人なんです。
大事なのはターゲットを分析をしたら、次に分析したターゲットが憧れるモデル像を設定することです。そして、そのモデル像のライフスタイルを分析し、商品化するのです。ターゲットの人たちが憧れるモデル像の設定と分析こそが重要なのです。ターゲットとモデル像の間の距離感が、刺激の距離感です。すごく翔んでいるものを提案するのなら、この距離を大きくとるし、ちょっと隣のお姉さんのような身近な憧れだったら間隔を狭める。
このモデル像のライフスタイルを雑誌で特集することによって、ターゲットである読者が憧れる生活を常に提案できます。この距離感を変えると雑誌の企画にブレが生じ、「あれ、私の本だと思っていたのに、違ってきた」となり、ターゲットとしていた読者は離れていきます。この差、この刺激を、自分がこの感覚だと思ったら一定にしなくてはいけない、というのがこの距離感なのです。価値観が刻々変わる話は後でします。
9、編集者と著者・クライアントの大きな違い(商品か作品か)
編集者は「商品」をつくり、著者は「作品」をつくろうとするのが書籍です。「売れるための本つくりをするには何をしたらいいか」ということを編集者は常に考えるべきです。何度も言いますが、そのため最初から販売促進のことも考えなくてはいけないと思います。著者は自分の作品ですから、タイトルはこう格好よくしたい、カバーはこうしたいと必ず主張します。だけど、たとえば会社の帰りに買うお客さんが書店に寄ると、夜だから暗い。暗いところで30冊ぐらい並んでいたら、目立つカバーはどんなものだろうか、と考える。また「慣れ色」といって、それぞれの地域で慣れた色があるということも編集者は知らないとだめです。
ところが著者はそんなものは関係ない。こういう色を使いたい、こういうイラスト使いたいと主張して、編集者が考えたタイトルやカバーに「こんなのいや」と拒否し、担当編集者とぶつかります。著者が有名人や地位の高い人だと編集者は言いなりになったりする。それをどのように折り合いをつけていくか、商品としてどう完成させるか、ということを考えることが大事です。
10、企画の売り込みは担当編集者、出版社を選べ(売れっ子をねらえ)
編集者の仕事には、本が出来上がってからなすべき大事なことがいくつかあります。これも編集者は準備段階から頭に入れておかなくてはいけません。書籍も雑誌もそうです。
まず書店の研究を徹底的にやること。僕は本が出ると必ず、著者と一緒に3日ぐらい書店を回りました。本の内容によって適合する書店とそうではない書店があり、例えば女性向けの本なら山手線の西側と横浜、男性向けだと山手線の東側の書店を周ります。ポップをつくり持参します。本は必ずその書店で1冊買います。買ってその場で著者にサインをしてもらい、担当の書店員に差し上げるのです。なぜかと言うと書店員は自腹で本を買っているからです。本を贈られているわけではなく、自腹で買っているため、書評を書いてほしい、ポップを書いてほしい、と頼むのは心苦しいのです。編集者がその場で買って、しかもサインして「どうぞこれ読んでください」とさしあげる。その本屋で買うことが大事です。
皆さんは書評用として各媒体に数十冊は送っているのでしょうか。発売日直後に送って、実際に媒体に載るのは早くても発売1か月後。書店は売れ行きが芳しくないと、2週間で下げてしまうのです。今の読者はアマゾンで買うケースも多いのですが、書評が出ると書店に行きます。しかし店頭にその本がなかったら注文してまで買いません。だから書評が出るまでの期間、書店にいかに長く、目立つ場所に本を置いてもらうかなんです。そのために書店に足繁く通ってポップも置いてもらう。著者が出版社で自書を買う時は2割引です。100冊買っても3万円ぐらい安くなるだけです。だったら「3万円分食事をご馳走するから書店で買ってください」と言うのです。本屋で買うと、いい場所に置いてくれたり、再度取りよせてくれるのです。
僕は著者に、「ご自分で、書店で買ってください」と言います。
そのことを含めて単に、本が出ました。それで終わり、ではありません。書籍も雑誌もそうですが、その後の本の動きに目を光らせるのが編集者です。最後まで編集者の仕事はとても大変な仕事です。売れている編集者は、それをやっています。売るということまで考えてください。著者の立場でしたら、そのことを理解した上で編集者との関係を持ってほしいと思います。これは著者と編集者の両方を経験した人間だからわかるのです。
11、トレンディドラマ対策は出版企画時に始まる(偶然より必然)
トレンディドラマになれば、ベストセラーになります。だからトレンディドラマを狙う人が編集者にも著者にも多数います。トレンディドラマというのはまず主役は男でなくてはだめです。女性が視聴者の中心だからです。ジャニーズ系など人気アイドルのスケジュールを押さえるのは3年前。各局は番組の内容に関係なく、まずタレントを押さえるのです。女性が主役の小説を売り込みに行ってもダメだと思ってください。視聴率を考えると男性が主役、それが第1条件です。第2が、キャスティングを想定していくことです。なぜか必ず想定キャストを聞かれます。章立ては10章あればいいでしょう。TVドラマは1クールが13週で、最初と最後は導入編とダイジェスト編になることが多いからです。
3つ目ですが、各テレビ局や制作会社にはドラマ部長や担当者がいます。彼らを攻略するにあたり、視聴率を稼げる時間帯を確保している順位を知っておくべきです。その優先順位は、キー局のドラマ部長、特にフジテレビとか日テレとかが優先で、2番手は系列の関西局や地方局、つまり関西テレビなどです。3番手はキー局の子会社、系列会社の制作会社です。それぞれテレビのドラマ枠を持っていて、どこが制作しているかによって放送日、放送時間に差があります。その研究もきちんとしておかなくてはなりません。
4つ目ですが、最も大事なのは未来を読んで、3年先にどんなものが流行るか、という予測です。医師もの、ビジネスマンもの、父と息子もの、不倫ものなど、その時々でテーマは異なります。著者もそうですが、編集者の能力とは時代の先をどう読むか、なのです。
トレンディドラマの売り込みに限らず、時代の先を読める編集者が生き残ります。どういうことかというとアパレルを見てください。今、アパレルは苦しいです。在庫を抱えたくないから、つくったものを売り切ろうとする。大量生産しません。企画を立てて、取材して本になって読者が買いに行くまで2、3ヵ月かかる。そうすると、もう在庫がない。だからアパレルの多くは洋服を雑誌に載せてもらおうと思っていないのです。
では雑誌は何に負けるかと言うと、ブロガーに負けるのです。しかもアメリカでは動画のブログが主流。これに負けちゃう。ニュース性ということでは、戦えなくなってきている。では何で戦えばいいのか。本来、雑誌も書籍も、編集者は時代の先取りをしていました。今でも先取りをしている人がいます。企画から配本まで雑誌づくりに3ヵ月かかるのなら、1年後の予測をすることで9ヵ月も早い情報を発信できるのです。ブログは「今」ですから、編集者は、常に先を読むことで、ブロガーに勝てるのです。
前にも言いましたが、読者の感性や価値観は刻々と変わります。編集者が先回りして、半年後、1年後、数年後を読み切る。これが今日の編集者にとって必要な資質です。
先を読むということがとても大事になっています。先を読む方法というのは、実はいくつかあります。
12、編集者は「未来を読め」 (未来を読む方法)
編集者の資質は「未来を読め」と言いました。未来を読む方法を簡単にご説明しましょう。本当に未来は読めるのでしょうか。読めるのです。なぜ読めるのかというと読む方法があるからです。以下は「島田式未来を読む方法」です。
1番目、できることなら自分が未来をつくることです。つくれたらそれが一番です。実際、松下幸之助や本田宗一郎、スティーブ・ジョブズは未来をつくりました。でもとても難しいことです。そこで2番目からは、誰でもやろうと思えばできることを紹介します。
2番目は、決まっている未来があります。例えば各国の大統領選挙がそうです。アメリカだったらいつなのか、どういう政策が出るのか見えてきます。流行色も、3年前に決まっているのです。「国際流行色委員会」、通称インターカラーという組織が発表しています。ネットで調べてみてください。オリンピックやサッカーのW杯も10年先まで開催地が決まっています。そういうふうに未来が分かる決定事項がたくさんあるのです。
3番目、未来を分析している会社や業界がいっぱいあり、日々未来予測を発信しています。たとえば、銀行とか総合研究所とかの未来分析の発表資料が毎日のように新聞や雑誌、テレビに出ています。何々は3年後にはどうなるとか、それを全部集めればいい。
4番目、世代の研究です。自分たちのターゲット世代は、どんな歩みをしてきたかです。
5番目、定点観測。ファッションだったら僕が「Hanako」を創刊した時は、小田急百貨店の5階にいればファッションの流行がわかった。今は同じ新宿の伊勢丹の3階。靴だったらどこどこの靴屋に行けばわかる、コーヒー・紅茶だったらシアトルへ行けばいい。アルコール類だったらパリへ行けばよい、料理だったらニューヨークへ行けばよいというように、情報発信地と情報中継地の両方とも定点観測の場所がある。国際見本市もアンテナ人間もトレンド雑誌もそうです。これらを見ておけばいいのです。
6番目は「時代のトレンドを見る」ことです。皆さんもご存知のように一人暮らしが多い。そして高齢化社会、晩婚などです。そうした社会的要因は50も100もあります。それをチェックすればいい。自分にとって必要となる情報を調査研究していけば、どういう時代が来るのかがわかります。
7番目は「未来年表」。これから社史や社長・会長の自叙伝を出そうとするなら、企業を全部チェックすればいいのです。チェックをすると、来年はどこの社長が80歳を迎えるとか、創業何十年を迎える、ということがわかります。リストを作って売り込めばいいのです。広告会社と組むことも可能です。
年表って過去だけでなく「未来の年表」があるのです。歴史年表を基にしてもいい。関ヶ原の合戦が1600年、そうすると2000年という時に400年記念のブームになり、関連する本が数多く出ました。明治維新150年の今年に西郷隆盛を持ってきた NHK の大河ドラマは、昔から記念年を意識しています。日本書紀の編纂は720年。2020年オリンピックの年は日本書紀の1300年でもあるのです。歴史年表を全部チェックして、未来に置き換えるのです。
というように未来年表をきちっと作っておけば、どういうものがこれから流行るか分かってきます。だれだれの生誕100年、没後200年、いくらでも流行は、未来年表さえつくれば見えてきます。
最後は何度か述べた「ビジネス心理学」です。あらゆるビジネスは「心理学」で回っていると言われています。編集も心理学の勉強をすることによって、読者の心を掴み、企画をより発展させられます。
ベストセラーとか、10万部売れた、とかいうのを帯に書くのは全部、「バンドワゴン効果」とか、「多数決の原理」という心理学の効果を狙っているためです。このような心理学の原理は何十もあります。よく使う手法に帯に「誰々さん推薦」と謳うことがあります。あの人が推薦するなら読んでみたいとなります。「ハロー効果」と言います。「10万部突破」と書くと、みんな読んでいるなら自分も読んでおかないと時代に遅れるとなります。「帰属欲求」と言います。心理学を活用することで、販売実績が上がります。だから編集者は、「未来を読むと同時に心理学を学ぶ」ことが大事なのです。
13、ベストセラー著者になる方法(有名評論家の会費15万円講演会より)
某有名な評論家が1人15万円払う講演会で言っていることです。これは著者に関することなので、雑談としてお聞きください。1人2千万円用意したら、ベストセラー作家になれるというのです。本を3冊書く。1冊目に1千万円、2冊目に600万円、三冊目に400万円出して、自分の本を買うんです。1500円の本だと、1千万円用意すると2割引きで8000冊買える。著者が8千冊買ってくれるのなら出版社は初版1万部を超える本になる。2冊目の帯に、「第1作目、1万部突破、ベストセラー作家の2作目」と書く。 600万円使うと、5千部近くになる。最後は400万円。と3冊続けて出すと、何が変わるか、まず講演料が上がるんです。たとえばギャラが20万円で10回やったら200万円、40回で400万円。しかも、講演会で本を最初から入場料の中に入れ込み、売ってしまうのです。購入した自書はどんどん減っていきます。講演会場の出口で本を買ってくださいといっても、みんな帰りを急ぐから誰も買ってくれないのです。また、雑誌やテレビで愛読書プレゼントをやる。テレビ出演の声も掛かるようになります。ベストセラー作家になると、付き合う人やサークルも変わり、有名人の仲間入りができるそうです。そうすると帯に推薦文を書いてくれます。某評論家の計算によると、こうして元が取れてしまうと言います。某評論家はまだまだ細部にわたり、アドバイスしてくれるそうですが、ここでは一部を紹介しました。
最後につまらないことをお話してしまったと思うんですが、「ベストセラー作家を作る方法」という講演を15万円払って聞いてみてください。妙に納得させられてしまうそうです。「そうか。自分も2千万円用意すると、ベストセラー作家になれるんだ」と思ってしまうんですね。(笑)
ご静聴いただきありがとうございました。(了)
(平成30年9月20日(木)AJEC編集講座での講演より)