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コミュニケーション力をつける YES と言わせる依頼のコツ

「依頼術」は外国語の習得と同じ

本日のテーマは、「イエスと言わせる依頼のコツ」です。
 大前提となるのが、コミュニケーション力の向上は「外国語の習得」と同じということです。依頼術とは、すなわちコミュニケーション力。社会に出ると、立場も年齢も考え方も全く異なる人たちと、日々接触することになります。学生時代までは同じような年齢や考え方の人たちと一緒にいたでしょうから、最初はなかなか慣れず、うまくいかないこともあるでしょう。それは当然のことです。みんな失敗します。失敗して、経験を重ね、コミュニケーション力に磨きをかけ、向上させていきましょう。

「経験する」、これは実際に依頼をすること。もちろん成功ばかりではなく失敗することもあります。そうすると、その経験から「学ぶ」ことができます。そして次にそれを活かして「応用」する。この繰り返しです。このサイクルが重要なのです。
日本人は英語がなかなか身につかないと言われますね。学校で何年も勉強しても喋れない、聞き取れない。それは、実際に話して「経験する」機会が少ないからだと言われています。コミュニケーション力、依頼術も同じことです。英語の場合、もしも英語圏に放り込まれたら、生きていくために英語を使うしかありません。短い旅行であっても、あれこれ活動すれば英語を話す機会はあるでしょう。こんなふうに言ったら向こうはこう返してきて、こんな経験をした、もしかしたら、こう言ったらよかったのかもしれないなどと考えることがありますよね。
 依頼術、コミュニケーション力をつけるのも同じことです。何か経験する機会があったら、その後でシミュレーションをして学びましょう。ああ言えばよかったかな、こういう言い回しをしたら違っていたのではないかなと、失敗するたびに考えてみましょう。断られるたびに考えてみましょう。そして、成功したときにも、何がよかったのか、どこが決め手になったのかと考えてみましょう。
 前に進むためには失敗は避けられません。誰もが思い出すと背筋が寒くなるような失敗もしています。皆さんが憧れている人、仕事ができるなと尊敬している先輩も上司も、みんな失敗をしています。ですから、失敗することを恐れずに、コミュニケーション力の向上に磨きをかけていただきたいと思います。

 コミュニケーション力の向上には、何か特別な依頼をする状況に限らず、日々のやり取りがとても役立ちます。社内でともに働く人たちと日々コミュニケーションをとることで、貴重な経験を積み重ねることができます。
 相手に意図がうまく伝わらなかったり、小さなお願いを聞いてもらえなかったり、ちょっとした誤解やトラブルが起きてしまうこともあるでしょう。経験から学んで、応用する、ということを繰り返し、依頼術、コミュニケーション力を、どんどん向上させてください。

 経験する場は、仕事の現場だけでもありません。コンビニやスーパーで買い物をした時、仕事帰りにショップに立ち寄った時、休日に友達と食事をした時など、誰かと接触するすべての状況が経験の場です。店員さんとやり取りした時、こう言ったら、こう返してきた、こうしてほしかったのに伝わらなかった……。そういうことをみんな経験だと思って学んで、応用しましょう。
 もちろん友達との会話もそうです。コミュニケーションの大事な勉強の場です。傷つきたくない、失敗したくないと、なるべく人と接触しないように避けていると前に進めません。軽いやり取りにとどめるばかりでも、勉強になりません。傷ついても学んで立ち上がり、前に進んで次の機会に学んだことを応用すればさらに前に進めます。
 できれば必要以上に人と接触したくないという人もいると思います。ちょっとウォーミングアップに考えてみましょう。シチュエーションとしては、同僚の口元にチョコがついている……私だったら迷わず教えるという人、手を挙げてください。教えてあげないという人は? いろいろですね。
 やっぱり教えてあげましょう。これもお願いの一種です。「そのチョコとってください」と頼むわけですから。一緒に働いている人がチョコをつけてたら困りますね。
 では何と言えばいいでしょうか。簡単でいいんです。「あれ、チョコついてる、ここ」としぐさで示して。ポイントは明るく当たり前のことのように言うこと。恥をかかせるようで悪いと申し訳なさそうに言うと、相手は「嫌そうな顔をされた」と誤解するおそれがあります。かえって恥ずかしい思いをさせます。
 上司だと言いにくいかもしれません。でも、そのままでは後で本人が気がついたときに、「なんで教えてくれなかったんだ」となりますね。小声で、「チョコついてます」と教えてあげましょう。「あーよかった、助かった、チョコつけたままクライアントに会うところだった」と感謝されるでしょう。
 そういうことが親近感、信頼感につながります。ちょっとしたことでも避けずに取り組むこと。日々の積み重ねで、一緒に仕事をしたい、依頼を受けたい、と思われる人になりましょう。


【初級編】

社内での日常的なお願いや質問、付き合いのあるライター、デザイナーなどへの通常の仕事の依頼、お店や企業への取材申し込み、画像データの提供依頼など。

ポイント1  相手への配慮を「クッション言葉」と「お礼の言葉」で表す。

誰かに何か依頼をする際の第一のポイントは、相手の立場になって考えるということ。これはとても重要です。上司にちょっとした質問、確認をするときでも、一瞬でいいので上司の立場になって考えてみてください。質問をすれば、忙しく仕事をしている相手の貴重な時間を使わせることになります。仕事だから質問に答えるのは当然と思わず、「大切な時間を少しだけください」とお願いするスタンスで臨みましょう。そのような気持ちを表すためにクッション言葉は有効です。
相手に配慮すれば、「今よろしいですか」「お邪魔して申し訳ないですが」という言葉が自然に出てくると思います。簡単な確認であれば「2、3分、お時間をいただけますか」とあらかじめ必要な時間を伝えるのもいいでしょう。2,3分と聞けば、「今忙しいのに」と思った上司も、それなら聞こうという気になりやすくスムーズに運びます。
 そうしたことを考えたり、実行したりすること事態が面倒と思って、避けようとするとかえって厄介なことになります。質問しないまま適当にやればいいなどと考えていると、上司の意図と異なる方向にいってしまったり、とても時間がかかったり、結局やり直すことになったりと、仕事がうまく回らないでしょう。

 同僚に小さなお願い事をする際も、自分本位の頼み方はNGです。たとえば急いで外出しようとしている時、「ああ、時間ないからこれやっておいて」とか「ついでにこれも宅配便で出しておいて」とか、ついやってしまうことがあるでしょう。ちょっとした頼みでも、クッション言葉で相手への配慮を示しましょう。「忙しいところ悪いんだけど」「余計な仕事を増やして申し訳ないけど」などと伝えてください。いくら急いでいても、それくらい言う時間はあるはずです。2秒、3秒くらいしかかかりません。
そして後で必ずお礼を言うこと。
「ありがとう」「助かりました」「恩に着ます!」「救いの神です!」ちょっと大げさなくらいに感情を込めて言ってみてください。感謝されると気持ちがいいし、嬉しくなります。そういう小さな積み重ねが大切です。
 「これやっといて!」と言ってそれっきりだと、よくない印象が残ります。それが月日とともに積み重なると、不快感がどんどん増します。うまくいくことも、うまくいかなくなります。
頼まれた同僚がそれに応じるのは好意からです。ちょっとしたお願いという形での〝小さな好意のやり取り″は、人との距離を縮めてくれます。日常的に小さな好意のやり取りをすると互いの距離が縮まって、もっと大きな依頼をしやすくなります。頼みやすくなるし、相手も受け入れやすくなります。職場での味方を増やすことになり、大きな支え、頼みの綱になるでしょう。
もちろん、そこまで到達するには時間もエネルギーもかかります。

親友になるまでは200時間かかる!

ちょっと面白い研究結果があるのでご紹介しましょう。
 今年の3月15日、『Journal of Social and Personal Relationships』誌にカンザス大学のジェフリー・ホール准教授が発表した論文です。この方は「友達になるまで何時間かかるか」という興味深い実験をしました。そうしたら、ただの知り合いから、カジュアルフレンド(特に親しくない友達)になるにはおよそ50時間かかったそうです。次にそのカジュアルフレンドから友人になるまでは、およそ90時間。そこから親友になるというと、さらに100時間以上かかったそうです。知り合ってから親友になるまでにはトータルで200時間以上かかったのです。
 職場の同僚と必ずしも親友になる必要はありませんが、せっかく縁があって机を並べているのですから友人、仲間といえる存在になりましょう。もちろん長い時間を共に過ごすと言っても同じ部屋にいるだけでは親しくなれないことは、皆さんよくご存知のとおりです。ホール准教授の実験でも、自由な趣味の時間をともにすることがポイントで、友人になりたい人はランチなどに誘うといいとのことでした。
 知り合いの段階で止まったままでは、もったいない話です。その先に進むために互いを知る機会を持ち、個人対個人のつき合いをしましょう。ぜひランチに誘ってください。食事をともにして会話しましょう。ランチに誘うことは、相手に興味や好意があると示すことになりますから、誘われた方も悪い気はしません。
 お昼くらいできれば一人で食べたい、その方が気楽と言う人もいるかもしれません。実はランチにはともに働く人と親しくなり、コミュニケーションを円滑にするという大切な意味があるのです。もちろんお弁当でもかまいません。テーブルで向かいあってお弁当を広げ、少し個人的な話をしながら食べればいいでしょう。

さて、ランチに誘うのも依頼の一つです。最初が一番大変だと思います。それまで誘ったことのない相手に「ランチに行きませんか」という言葉を発するには、心理的ハードルがあり、勇気が必要でしょうが、さきほど挙げた経験→学び→応用のサイクルです。
 誘ったら駄目だったというときは、「何でかな」と理由を考えましょう。そうすると「あ、そうか今、例の件で忙しいんだ」と気づいたりします。その経験から学んで、相手の立場に立っていつ、どんなふうに誘ったらいいかを考えられるようになる。いつもと違う状況のときも応用できるようになるでしょう。
そうやって日々の中で、依頼術に磨きをかけることができるのですから、同僚をランチに誘ってください。職場に親しい人ができると、働く励みになり楽しくなります。
 友達をつくりに職場に行くわけじゃないと思うかもしれませんが、親しくなれば頼みを聞いてくれたり、いざという時に頼りになったりと心強い存在が得られます。プラスαとしてランチが楽しみになります。仕事の合間の気分転換になります。おしゃべりをしてストレス解消しましょう。
何を話したらいいかわからないという人は、相手に喋ってもらいましょう。出身地のこと、趣味のことなど、相手が進んで話してくれる話題を提示するといいでしょう。ずっと机を並べて仕事をしているのに、その人の出身地を知らない、よくイヤホンをしているけど何を聴いているのか知らない……。もったいないと思います。聞き上手になりましょう。いつも何を聴いているんですか、何かおすすめはと聞いてみてください。
話のとっかかりとしては、誰も傷つけない話題としてお天気や季節の行事などを選ぶといいでしょう。ちょっとしたことでいいんです。例えば、「もうすぐ梅雨ですね。そういえば先輩、北海道出身でしたね。北海道は梅雨がないんでしょう? うらやましいな。東京で初めて梅雨を経験した時どんな感じでしたか?」などと聞いて語ってもらいましょう。
そういうことも編集者として役に立ちます。頭に入れておくと、企画を立てる時に参考になりますし、コミュニケーション力を身につける良い機会になります。

ポイント2  相手の立場に立ってタイミングをはかる

例えば飲食店への取材で、お昼時の混んでいる時に取材依頼の電話をかけると迷惑ですよね。夜の混雑時、これも迷惑です。分かっていても、焦って取材先を決めなくてはいけない時など、つい電話してしまうことがあります。
オフィスでも同じことがいえます。相手の会社のノー残業デーだとわかっているのに、退社時間ぎりぎりに電話をかけてしまったら、やはり落ち着いて話を聞いてもらえません。退社時間までに仕事を片付けようと奮闘している時に、新規の依頼の話などを持ち掛けるのはタイミングが良くありません。落ち着いて話を聞いてくれる時間帯に連絡する、そうするとイエスと言ってくれる確率が高まります。
その仕事ならではの繁忙期というのもあります。お盆とか連休前、年末年始なども気を付けましょう。「いつも頼んでいる相手だし、いいだろう」と連絡してしまいがちですが、やはりあまり良い印象を持ちません。せっかくの依頼の話を、落ち着いて前向きに聞こうという気になりにくいでしょう。
 一般的に避けるべきタイミングで初めてのアプローチをして、「今忙しいからかけ直してください」と言われて、都合のいい時間を聞いてかけ直しても、マイナスポイントは消えません。第一印象は大切ですから慎重に臨みましょう。
相手の立場に立ってタイミングをはかってください。こちらは仕事を依頼する側、相手は仕事をもらう立場なんだからいいだろうという考えもいただけないですね。共に手を携えて、良いものを作っていきましょう、というスタンスで依頼しましょう。
いつも頼んでいる相手でも、「同じだから、すぐ話がすむ」とタイミングを考えずに電話するのは好ましくありません。企画の趣旨であるとか、仕上がりのイメージであるとか、あまりはしょらず丁寧に説明しましょう。この丁寧というのは、長々と語るということではなく、ポイントを抑えて的確に説明をするということです。日頃から自分の取り組んでいる仕事、その企画の趣旨、どういうものを作りたいのか、明確に認識していれば、説明するのにそう時間はかからないと思います。
 ですから相手の都合のいいタイミングで連絡をとって、きちんと説明をしましょう。それが依頼を受けてもらう確率を上げることにつながります。

ポイント3  依頼にふさわしい姿勢であるか確認

最近よくいわれるスマホ猫背。背中を丸め小さく縮こまって「よろしくお願いします」と言われても、何だかしょんぼりして頼りない印象ですね。「大丈夫?」ってなります。
 それから、ふと気づくと腕組みをしているという人もいます。相手からなめられないように、無意識のうちに腕組みをすることもあるでしょう。心理学的にみると、これは警戒や防御、バリアを作って心の内を見せまいとするポーズです。打ち解けていないことが相手に伝わります。威嚇にもなります。近づかないで、というサインです。
そう考えると、腕組みが依頼にふさわしいポーズではないとわかりますね。イエスを引き出すには、心を開いてお願いしてください。それでこそ信頼関係が築けます。オープンな姿勢をとりましょう。極端な例で言えば、大好きな人と再会してハグする時の両手を大きく広げて相手に向けて開いた姿勢のイメージです。もちろん実際に両手を広げる必要はありませんが、小さくハグする感覚で、なるべく胸郭を開いてください。
足を組んでふんぞり返る姿勢も、もちろん依頼にふさわしくありません。「これやっといて」と偉そうに命令するイメージですね。そういう姿勢では自然と謙虚な言葉が出てきません。だから姿勢から入ることも大切です。「なんだか偉そうな感じ」と言われたことがある人は特に、意識して気をつけてみてください。「お手数をおかけして申し訳ないのですが」という言葉がすっと出る姿勢であるかどうか、日頃から人にものを頼むときは意識してチェックしてみてください。誤解されるのは、もったいないですから。

【中級編】

シチュエーションとしては、多忙な人への仕事の依頼、協力要請、急ぎの頼みごと。苦手意識や苦手分野を克服し、他の人の力を借りること。

ポイント1  パートナーになってくれるよう依頼する

人に仕事を依頼するときは、多忙な相手にこそ「手を携えてともに取り組むパートナーになってもらいたい」と丁寧にアプローチしましょう。あなただから頼みたい、あなたの実力、力量を高く評価している、リスペクトしているのだと伝えてください。
 最悪なのは、とりあえず誰でもいいから頼んでみた、と伝わる依頼の仕方。そんなことしないと思うかもしれませんが、心の奥底に「誰でもいいからつかまえたい」という気持ちがあると、ちょっとしたところからそれが伝わってしまいます。その結果、断られる可能性が高くなります。
例えば、あと3軒、大急ぎで取材先を押さえておかないといけないと焦って、いろんな会社にメールを出しまくっている時。何通も同じ文面のメールを送るうちに、会社名や部署、担当者名などを修正せずに送ってしまった、などという間違いも起こります。焦っていると難しいでしょうが、できるだけ心を落ち着けて「頼む相手の会社名は〇〇〇、担当者は△△△さん……」などとはっきり頭に浮かべて作業をしましょう。
会社名や名前を間違えなくても、誰でもいいからと思っていると、その気持ちは伝わります。「とりあえず」というのは何となくわかります。まさかと思うかもしれませんが、焦っていると、つい「とりあえずお願いします」なんて言葉も飛び出してしまいます。

「あなた」だから頼みたい

「こういう企画だからぜひ力を貸して欲しい」。そういうお願いの仕方をしましょう。例えばカメラだったら、「あの時の撮影、あのカットすごくよかったですね。今回も、そういうイメージでいきたいんです」とか、デザイナーだったら、「前回のあのレイアウト、版元にもすごく好評だったんですよ」とか。そういう「以前の仕事が良かったから」という言葉を簡単でいいから伝えて、「今度も力を貸してください」というアプローチをしましょう。誰でもいいではなくて、「あなたに頼みたい。あなただからこそ頼みたい」ということが相手に伝わるように意識してください。
「前回と同じでよろしく」くらいしか言わないのも、いただけません。「ああ、ぜひこの人と一緒に仕事をしたい」という気にはなかなかなりませんよね。もったいないです。何も1時間も説明しろと言っているのではありません。5分、10分でいいんです。仕事の全体像、およその内容、企画の趣旨とか、自分自身が明確に把握していれば、苦もなくサッと説明できるはずです。そうして「あなたの力を借りたいんです」というアプローチをしてください。

 パートナーということでは、同僚もパートナーになってくれます。上手にお願いしてパートナーになってもらいましょう。先ほどランチの話をしましたが、日頃から親しくなっていれば、協力を得やすいですね。例えば、企画を固める段階でのリサーチ。ランチをしながら聞いた話を是非役立ててください。
「今度、北海道の特集を予定しているんです。先輩、前に〇〇〇の話、してくれましたよね。ほかにも、土地柄や歴史を物語るような名産って何か浮かびますか?」
どんどん聞いてみましょう。ネットで調べたほうが早いと思うかもしれませんが、まだ的が絞れてない段階での検索は時間がかかるし、精度がよくありません。古い情報、紛らわしい話、怪しい話、いろんなものが引っかかってしまいます。
そんな方向も定まらない検索を延々と続けるよりは、その地で生まれ育った人の声に耳を傾けてみましょう。ポイントを押さえて教えてくれるはずです。10年20年追っかけている趣味なども同じことです。詳しい人に声をかけてみましょう。親しくなっていると、情報を集める時の頼りになるパートナーになってくれます。

ポイント2  苦手は日々の工夫で克服する

誰でも苦手な相手はいますね。意識して克服しましょう。苦手な人にも依頼するシチュエーションは出てきます。職場の人なら、日々笑顔で挨拶することから始めてください。「○○さん、おはようございます」と、大きな声ではっきりと笑顔で挨拶してください。苦手意識があると目も合わさず、下を向いて「おはようございます」とやってしまいがちですが、やめましょう。それでは相手をきちんと認識していないという印象を与え、互いに不快感を募らせる悪循環に陥ります。
 名前を呼びましょう。名前を呼ぶことは、「自己承認欲求」を満たしてくれます。その人を一人の人間として認識して、承認していると伝わります。誰だって一人の人間として認めてほしいですよね。名前を呼ぶことによって相手の自己承認欲求を満たし、親近感、好感を得る効果が期待できるのです。笑顔で呼びかけて挨拶することを日々繰り返すと、向こうも笑顔を返してきたりして、しだいに嫌な感じが薄らいできたりします。苦手なのは、よく知らないからということも多いものです。
名前は大切です。初めて電話かける相手でも、名前を聞いて「そうなんですよ、山田さん」とか「佐藤さんのお力を借りたいんです」とか、是非言ってみてください。初対面の相手の名前も呼びましょう。語尾に「よろしくお願いします、佐藤さん」とつけるだけで受ける印象は違います。何度も名前を呼んでくれる人には親しみを覚えます。イエスを引き出す確率をそういうところから上げていきましょう。

苦手克服のためには、「ありがとうございます」とはっきり言うことも大切です。苦手な人に何かを頼む時、目を合わさないようにして「すみません、すみません」とモゴモゴ言っていると、当然、感じがよくないですよね。あまりやる気が起きないでしょう。笑顔で「よろしくお願いします。鈴木さん」「田中さん、ありがとうございます」と言ってください。
 社外の苦手な人物についても、基本的には同じです。例えば、付き合いのあるデザイナー。上がってきたレイアウトを見て「ここはちょっと直したいな」と思っても、「あの人には言いにくいな。どうしようかな……」なんて思うこと、きっとあると思います。苦手意識があると、頼みにくいし、意見を伝えにくいものですね。やりとりを必要最低限にとどめて、なるべく会わないですませようとしがちです。
 苦手な相手とは、逆に会う機会を増やしてください。笑顔で挨拶して、笑顔で会話しましょう。名前を呼びましょう。その人に笑顔を向ける気になれないという時は、その人のいいところを探してください。仕事を頼んでいる相手なら、それは信用に足る相手であって、きちんと仕事ができる人であるはずです。作品を見て「すごいな」「これいいな」というところを見つけましょう。そうすると、自然とリスペクトする心が生まれます。リスペクトをもって相手に会い、積極的にアプローチして、苦手意識を克服しましょう。

笑顔を作ると本来の力が発揮しやすい

笑顔になれないなら笑顔を作ります。「イー」と口を横に開いて口角を上げて、少し目を細めれば笑顔になります。鏡の前で試してみてください。作り笑いなんか嫌だって潔癖な人は思うでしょうが、脳は騙されるんですね。それが笑顔もどきであっても、笑顔を作ると、楽しいような気分になってくるんです。
 「本当?」って思いましたか? これは心理学に加えて、脳科学の分野でもバーチャルリアリティなどを駆使した実験で立証されています。笑顔を作ると、緊張が溶けて、リラックスします。副交感神経が優位になって、ネガティブな感情が起きにくくなります。自分本来の力が発揮しやすくなります。笑顔もどきの表情を作るだけで、真の実力を出しやすいのですから、「イーッ」とスマイルしてください。
 苦手だと思うと、表情が暗くなって、ストレスもたまります。会話を避けようとすると、それがミスにつながります。きちんと依頼して、それを受けてもらうという関係をもちにくくなります。せっかくやりたい仕事なのに、苦手意識が邪魔をしてやる気を失ったり、ミスしたり、結局出来が悪かったり……。もったいないです。
 「楽しい」とか「好き」を見つけてください。最初は笑顔もどきでいいです。それがより良い仕事につながると意識すれば、難しいことではないと思います。意欲が高まって、ストレス対策になって、いいことばかりです。
 「人の苦手意識なんて、そう簡単に変わらない」と思いますか? 人の意識は変わるんです。変えようとすれば変わるのです。
「マルツの法則」といって、心理学者のマルツ博士が実験結果から導き出した法則が知られています。それによると、人間が何かを習慣にするためにかかる時間は、約3週間だそうです。3週間を超えたら、その習慣がその人に欠かせないものになるそうです。
ですから、考え方、とらえ方を変えて、それを習慣にしましょう。苦手な相手がいたら「そんなに悪い人ではないかも」「こういうところはすごい」と思ってやり取りするうちに、3週間でだいぶ関係が変わるはずです。その人の良いところに目を向けるようになると、好感度が高まるでしょう。苦手なことでも、最初はちょっと大変でも、笑顔もどきを浮かべてやってみましょう。「そんなに難しくないかも」「案外できるな」「これは面白い」と思ううちに、得意分野に変わっているかもしれません。マインドセットを変えると、同じ人、同じ仕事でも良い方向へ変わります。ぜひ試していただきたいと思います。

【上級編】

なかなか依頼に応じてくれない人を口説き落とす。厳しい条件での依頼、ライター、デザイナーなどへの大幅修正、丸ごとやり直しの依頼など。

ポイント1  熱量を投じる

例えば大物を口説き落としたい時。自らできるだけ動いてください、行けるところには出向いてください。こちらが汗をかいて熱量を投じれば投じるほど、相手にそれが伝わり、イエスという気になりやすいといえます。
熱量が多いか少ないかは、自ずと伝わります。リサーチはパソコンの前にじっと座って行うだけでなく、足を運びましょう。実際に現場に行きましょう。相手が経営しているお店があれば行く、ゆかりの地に行ってみる、クリエイターであれば作品を見に行く、ネットでは手に入らない資料を足を使って集めて読む、聞いて回る、そういうことが大切です。
 「そんな時間はない」と思いましたか? 大切なのは時間をかけることではなく、熱量を注ぐことです。必ずしも時間がかかるとは限りません。集中して取り組みましょう。例えば、ネットでターゲットの情報を集めようとしてあちこち見て回っていると、ふと気づいたら1時間経っていたということ、ないですか。それでいて、大して実を結ばないことも少なくないでしょう。それならその人のお店なり、展示会なりに行ったほうが早いかもしれません。
熱量を注ぎ込むこと。熱い血で、熱をこめて情熱的にアタックしましょう。熱量を投じて集めた情報を分析して、そこからまず、その人になぜ頼みたいのか、依頼の動機、理由を明確に、具体的にしていきます。省エネの人、汗をかかない人は、ウィキペディアの最初の数行を依頼理由にあげたりします。忙しいなかではエネルギーをかけないで省エネで効率よくと思いがちですが、必要なところ、大事なところにはしっかりとエネルギーを使ってください。
例えば、取材をなかなか受けないラーメン店に「とても人気があるから取材させてください」とだけ言っても、成功の確率は低いですよね。熱量を投じて、もっと踏み込みましょう。「〇〇年と早い時期にとんこつに着目し、心血を注いで新たな境地を開いたこと、材料は自ら産地をまわって選んでいること、特に小麦粉はこういう理由で……」などと、相手が大事にしているポイントを調べてください。もちろんお店に行って実際に食べてみて、「こういうところに衝撃を受けた」などと強く印象に残った点を伝えましょう。
 そして、相手に何を求めているのか、なぜその人に頼むのか、何を聞きたいのか、企画の趣旨を明確にしてください。それが説得力につながります。何十年も繁盛を続けられる理由を探りたいのか、店主のドラマチックな半生を紹介したいのか、店員の独特な教育方法について聞きたいのか、はっきりさせましょう。「こういうことを読者に伝えたい、それによってこんなメリット、影響が見込める、力を貸してください」と熱をこめてお願いしましょう。

 お店でない場合も関連する場所に出かけましょう。接点を見つけましょう。例えば、人気が高くてなかなか捕まらない有名人に熱量をアピールしたい時、講演をする予定があれば聞きに行きましょう。その時、印象に残るような型どおりでない質問を用意しておきます。そして、講演後にその質問をして、後日アプローチする際に「あの時、あの質問をした何々です」と名乗ります。「あの講演を聞いて、こういうことに感銘を受けました」と特に良かった点も伝えてください。
企業であれば、オフィスに行ってみるだけでも役に立ちます。最先端の高層ビルで出入りする人がみんなびしっとしているなとか、案外自由な雰囲気だなとか、近くに緑が多くて散策すると気持ちが和みそうだとか、印象に残ったことをメモして、アプローチする時に役立てましょう。例えば、服装がカジュアルであれば、自由な社風なのか、経営者の経営理念などを調べる取っ掛かりにもなります。それと企画の趣旨を重ね合わせて、関連づけられるかどうかなど考えてみてください。
対象が個人であれば、相手の好みを意識してアプローチしましょう。リサーチで好きな色がわかったら、その色を会いに行く時にさりげなく取り入れるのも良い方法です。
 アプローチの方法としては、熱量を投じる意味では、肉筆の手紙もいいと思います。メールよりも電話、電話よりも肉筆の手紙のほうが、相手に熱が伝わりやすいですね。それから可能であれば、先方に出向いて直接会って交渉すること。熱量を投じれば投じるほど、イエスを引き出す可能性は高まるといえます。
 相手と会うことができたら、さらに熱をこめてアピールしましょう。その仕事にどんな意味があるのか、そういうことまで語ってください。成功をおさめた人物の場合、金銭的なメリットよりも、社会貢献とか、次世代の育成とか、そちらに興味を持つこともあります。「この企画を皮切りに、こういう展開をして社会にアピールしたい」「これから社会に出る若者に、こんな指針を示したい」などと、社会への影響、将来の展望を描いてみせてください。自分の熱を伝えて、相手の好奇心や意欲に火をつけてください。


ポイント2  予算やスケジュールなど厳しい条件は誠意でカバー

相場よりもギャラが安い案件の依頼では、「なんか申し訳ないな、頼みにくいな」と思っていると、卑屈な印象を与えかねないので注意しましょう。何度も何度も「本当に申し訳ないんですけど」「すいません、すいません」と言われ続けると、相手は嫌なことを押しつけられたような気になってしまいます。試しに、申し訳ないという表情を作って鏡を見てください。眉間にシワが寄っていたりして、つらい、苦しいという表情で、見ていて気持ちのいい顔ではないとわかるでしょう。
負の影響を広げないためには、悪い話はあまり引きずらないことです。ギャラの話になった時に「今回は申し訳ないのですが」などと切り出して、相手がOKしたら、その先は堂々としていましょう。「安いのにすいません」「きつくてすいません」なんて言い続けない。「こんな仕事を頼んでしまってすいません」「本当に失礼だとは思うんですけど」などと言い続けると、その仕事を受けた相手にかえって失礼です。
そうではなく、誠実なやり取りをして、信頼関係を築きましょう。厳しい条件をのんでくれたことに応えるように感謝しながら、自分も頑張ること、いい仕事となるように頑張ってそれによって先の仕事につなげること、そこを意識してください。いい結果が出たら次の企画につなげられるなら、それを話せるようなら相手に話すといいでしょう。
もちろんギャラや日程などの交渉では、多少譲歩できるのであればラインを決めておいて話を詰めましょう。急ぎの仕事でとても無理と言われたら、「それなら何日までならできるでしょうか」と問いかけて、相手に具体的に提示してもらいます。そこから合意できるポイントを見つける。そういう働きかけがいいと思います。


ポイント3  相手の仕事を否定せず、良いところを引き出す

ライティングやレイアウト、イラストなどの仕上がりに不満がある時、どのように修正を頼むといいでしょうか。お願いした内容と違っているとか、イメージしていたものとまるで違うとか、ほとんどやり直しになることもありますね。そういう時でも、全否定は避けましょう。相手がエネルギーを注いで作り、できましたと差し出したものに大きくバツをつけるようなダメ出しはしないでください。より良いものを目指して、具体的に方向性や要望を示す形で依頼をしましょう。
 映画制作会社のピクサー、あの「トイ・ストーリー」「カーズ」などで有名な会社ですが、「プラシング」という手法をとることが知られています。「プラス」に「ing」で「プラシング」、「さらに加える」ということです。プラスですから、マイナスの批判はしない。引き算の修正指示や全否定はしない。ラフスケッチが上がってきた時、あまり良くないとしても「ここはいいんじゃないか、もしこれを加えたらどうなるかな」などと、現状をもとにアイデアを膨らませていくんですね。改善を促す、そういう手法を取っているそうです。それによって、若手が失敗を恐れずにチャレンジするようになった。そういう効果があらわれたということです。

 もう一つ、デール・カーネギーの『人を動かす』にも、仕事のやり直しを依頼する時に参考になる言葉があります。ご存じの通り、コミュニケーションの指南書としてバイブル的な名著で、研修にもよく使われる本です。このなかに、人を動かす三原則というものが出てきます。
その一、相手を批判しない。
相手の意見に敬意を表し、決して正面から非難や否定しないということです。
その二、正直で誠実な評価をする。
良いところを見つけて褒め、相手の承認欲求を満たし、モチベーションを上げようということです。
その三、強い欲求を掻き立てる。
自分の意思で行動するように働きかけるということ。人に言われてやる、やらされるのではなく、やり直しも自発的にその気になってやるように持っていくことです。
カーネギーさんは言っています。人を非難するのはどんな愚かな者でもできる。愚かな人ほど人を非難したがると。耳が痛いですね。見当はずれな原稿、目を疑うレイアウトを受け取れば、非難、否定の言葉が喉まで出てきます。口をとじて止めましょう。
相手には、相手の考えがあります。それは聞いてみないとわかりません。一方的に非難の言葉をまくしたてても、相手が何を考えてその結果になったのかはわかりません。一方的に否定、非難をすると、良くない感情がどうしても残ります。全面的に修正してもらって良いものができても、相手の心に残ります。双方にマイナスに働いてしまいます。否定をせず、プラシングでより良いものにしましょう。良いところを見つけ、相手が進んでやり直したくなるような提案、働きかけをすることです。
私自身、ライターとして書いた記事を「面白くないから書き直してください」と、一言で切られたことがあります。文字数がとても短くて、多くの要素を何とか詰めこんだ結果、面白みがなくなっていたんですね。「面白くない」と言った担当者は事実として言っただけで、こちらを攻撃しようとか傷つけようとかいうわけではないでしょう。それでも言われたほうは傷つきます。
相手が一生懸命やった仕事を、切り捨てるのは良くありません。自分がやられた側になったことを考えればわかりますね。良いところを探してみてください。見つからなければ、例えば今のケースなら「少ない文字数でまとめるのが大変だったでしょう」と一言、言うだけでも違います。「丁寧に書いていただいてありがとうございます」と、それだけでもいいんです。
そのうえで方向性を提案してください。「この人物を主役にストーリー性を出す方向でいけませんか」「この出来事に至る過程をベースに展開するのはどうでしょう」とか。または「ここは省いていいから、こっちは詳しく書いてください」などと具体的に依頼する。大きなバツをつけるのは、やめましょう。良いところを見つけて、敬意を払いましょう。相手の立場に立って考えてみてください。

きちんと説明して仕事を依頼したつもりでも、自分が好きな方向につき進んでしまう人もいます。例えば、人が好きでインタビューするのが好きで、どんな企画でも相手の人生の物語を描いてしまうライターもいます。独自のビジネスモデルがテーマでも、人となりをあらわす笑顔のほうに寄ってしまうんですね。
仕上がったものを見て「全然ダメ」「まるで違う」と怒りがこみあげても、それをすぐさま相手に向けるのはやめましょう。一呼吸おいて、少し離れて客観的に良いところはないかと探してみてください。そうして、目指す方向へ向ける方策を見つけてください。
 良いところも、ゴールへの道筋も見えない時は、自分がそのライターなりデザイナーなりに質問して話を聞き出し、ポイントを明確にしましょう。相手がどういう考えで取り組んだのかを把握し、目の前に材料を広げて、どうまとめるかを考えましょう。
ともに仕事をする人とのコミュニケーションを必要最小限にとどめていたら、良いものは生まれません。どういう状況でもコミュニケーションを密にしようと日頃から意識することで、依頼のテクニックもだんだん上がってくると思います。
 はじめに説明したサイクルです。経験して、学んで、応用する。さまざまな経験をするなかでは失敗することも多くあるでしょう。依頼してもノーと言われることも少なくないと思いますが、失敗から学び、応用すること、さらに経験すること、このサイクルで依頼のテクニックを向上させてください。積み重ねによって確実に上がっていきます。
失敗を恐れずに、人に近づいてください。時にはあたって砕けてください。依頼術は日々の積み重ねによって磨きをかけられます。毎日のちょっとしたことから始めて、ゆくゆくはそれを大きな夢や目標をかなえるところへつなげましょう。皆さん、思う存分熱量を投じて、依頼術を磨いてください。


(平成30年5月17日(木)AJEC編集講座での講演より)

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