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1、「直販ルート」とは何か?

着実に売り上げを伸ばしている「直販ルート」とは何か? というお話の前に、新居久実講師は、まず、PHP研究所について触れた。

戦後すぐに松下幸之助が創設、雑誌「PHP」1冊から始まり、その後商品が増え、少しずつ事業を拡大しながら、昨年、創設70周年を迎えたとのこと。

組織は、再販部門と直販部門に大きく2つに分かれ、(「再販」部門というのは書店流通を通した書籍作りの部門のこと)。2つの部門の両輪で支えてきた。出版大不況と言われる中、直販部門は、ここ最近、注目されてきているのではないかと感じている」と話した。

直販部門は、時代にあわせて組織の形を変えながら、現在は大きく3つのチームに分かれる。1つは法人部門で、会社の社史や、社長の企業理念の本、その会社の販促ツールの制作など。ある産業教育の部門では、企業の社員教育として、通信教育や教材制作、ゼミナールの企画・運営などを中心にやっている。書籍制作においては、職域書籍と家庭向け書籍と、大きく2つに分けられ、職域書籍というのは、主に、仕事に役立つ書籍を制作し紹介している。企業色の強い直販ルートだが、その中で、異色なのは、新居氏が所属する家庭向き書籍(主に生協ルート専用商品)を制作している教育出版部である。生協の宅配システム(無店舗)で、生協が配布するチラシで書籍を紹介して申し込んでもらう。

出版社が直接、営業(提案)に行くことはめずらしいが、いままで実質30年をかけ、取引口座を1つ1つ開き、それを引き継ぎながらルート拡大をしてきた。その生協チラシの売場は、書店の売り場同様、必ずしも、大きく目立ついい場所で紹介されているから売れるというものではない。やはり「商品力」が大切になってくる。

「書店で販売する書籍と、生協の書籍は何が違うのですか?」と聞かれる。

1つは売り方。「独自性、差別化」。チラシの中に、「一般書店では販売していません」という文言を大きく目立つように入れているそうだ。ここでしか買えない、と差別化を図っている。

もう1つが、「読者対象を絞り込み、読者を意識した本作り」をしていること。

読者対象は主婦。単純に主婦と言っても、大きく購買層が2つに分かれる。子育て世代の40代と、子育てが終わり夫婦二人暮らし世代の60代にポイントを置き、書籍の内容もそれに合わせて、使うイラストや文字の大きさなど、すべて主婦の生活シチュエーションに合わせたもの作りを心がける。

社会を形成している最小の集団が家庭、それを支えるのは主婦であると考え、その主婦の悩み、家庭の問題に寄り添って、あらゆる不自由や悩みを解決するお手伝いをするのだ。

生協ルート専用商品は、他の部門に比べて重版率が非常に高いという。もちろん時間がかかるものもあるが、この一年では、80パーセント近い重版率で、10冊のうち7、8冊の重版がかかるという実績は、社内でも突出している。

教育出版部の方針と課題 ~プラスよりマイナスをなくす~

企画を考える時、基準になるものは、「プラスよりも、まずマイナスをなくす」ということ。たとえば、お金の本を作る時、「これをすると、得します」というよりも、「知らないことで、あなた損しています」と言ったほうが、危機意識が強くなるためか、売れるという。ゼロをプラスにするよりも、まずマイナスをゼロに持っていく、つまり、悩みを解決するということを考えている、という。

そして、「ベストセラーよりロングセラーを」ということ。生協ルートという範囲の中で、できるだけ長く売れる商品をめざそう、とやってきた。いまだに重版がかっている本は、24、25年前に刊行した子育て本である。

「やはり、ロングで展開できる書籍は、ありがたい」という新居氏。だから、その内容は、「流行に捉われず、何年たっても色あせない内容というのを心がけている。ジャンルも様々、健康・美容本、レシピ本、子育て本、学習本、お金関係……、言ってみれば、家庭の主婦が気になるテーマは、ほぼ発刊している」という。


生協ルート商品制作のポイント ~制販一体とペルソナマーケティング

制販一体(制作と販売)であること。

これにつきるという。営業(販売)が密にかかわり、企画、制作から販売までを共有していく。流れとして簡単にまとめてみると、まず最初に、

1)ブレスト会議

いきなり企画会議をやっても通らないことが多い。ここでは、営業側の要望を聞いたり、世間話などから主婦がどういうものを欲しがっているのかを探る。「最近うちの子がこんなものにはまっていて、学校でもすごくはやっている」「テレビで芸能人を1週間で5キロやせさせた、という体操をやってたけど、この先生どんな先生だろう」など、知り得たいろんな情報をメンバーで共有し、そこからピンときた人が、企画に起こしていく。次に、

2)企画会議

これまでも企画会議はいろいろと形を変えながら行なってきた。現在は、「ラフ企画会議」と「企画検討会」の2つを実施。「ラフ企画会議」は、ポイントを3行で伝えるミニマムな内容で、点数をたくさん出していく。「企画検討会」はラフ企画で反応の良かったものをベースに修正を加え、通常の企画書にしたものを検討する。以前は企画が月に1点も通らないことがあって、モチベーションが下がったが、何とかしなければと考えたのが、ブレスト会議やラフ企画である。営業がOKといわなければ、本は作れない。しかし、その中でも、制作担当者の「これは売れる!」という思いでつくる「チャレンジ企画」という枠を設けている。年間で7、8点だが、その枠で絶対売ってやる、という気概で制作する。今までの実績としては、重版率は通常企画と同程度である。

3)制作段階での内容共有

企画が通った後は、すべて制作担当者だけで進行するのではなく、企画によっては、台割やイラストなどについても営業と内容を共有する。また、制作がこれはどうしようと迷う点に関しては、逆にバイヤーに聞いてもらったりすることもあり、現場と営業と制作がつながりながらやっている。

4)タイトル・装丁検討

これが非常に重要である。チラシ販売では、売上はタイトルと装丁で決まる、と言われており、時間をかけながら、営業と意見を闘わせている。1つのタイトルを決めるのに2週間以上かかったり、装丁の場合、あまりの修正に、デザイナーさんにキレられて、「おりる」とか言われたこともある。

5)商品紹介とコピー

チラシでは、限られた小さなスペースでの紹介になるため、頭を悩ませながらコピーをひねり出す。短いけれど、これがかなり時間がかかる。考えて考えて営業に提出してから、そこに営業の意見や修正が加えられる。

6)実績結果からの振り返り

書店販売とは違い、半年から1年くらい経たないと商品の本当の実績がわからないのが実状。そして、各生協での実績が出揃ったところで、その結果について、メンバーで仮説を立てて、次作に生かしていく。なぜ売れなかったか⇒タイトルにこのキーワードを入れた方がよかったのではないか、装丁の色が暗く目立たなかったのではないかなど。装丁は、チラシの中で目立つことが重要で、内容がすぐわかるようタイトルは大きく出し、デザインや色もはっきりしたものが売れているというデータがある。手に取って選んでもらえないので、雰囲気で伝えるデザインは厳しい。

採用される企画、押さえるべき点

健康本で「がんが治る」などと言いきってしまうものが、書店では売れるかもしれないが、生協では、基本的に採用されるのは難しい。健康本に限らず、その内容に関しては、バイヤーに厳しく吟味される。例えば、料理の本で、生協が禁止している添加物が載っていると、絶対に採用されない。出来てしまってから採用されないということは、生協専用商品では許されないため、そのようなことが無いように、内容については確認をしながら進めている。

ペルソナマーケッティング

これは、「架空の消費者」を設定して、その人に突き刺さる商品を考えて作る、というマーケティングの手法であり、単に、読者対象を「主婦」とするのでなく、もっと細かく、その人をイメージして設定するそうだ。現在の生協ルートの購買年齢層をみると、先ほど言ったように2つの大きな山がある。

ペルソナ1は、40代で子育て真っただ中で家庭を切り盛りする層、ペルソナ2は60代で子育てが終わって夫婦2人きりになり、経済的には豊かという層。生協の平均年齢としては55歳前後だが、実際の購買層であるこの2つの層に絞って対象を設定した。40代は子育て本、作りおきの料理本など、60代は健康本、最近は認知症のテーマが多く、「認知症予防日めくり」や「ボケないためのドリル」などもよく売れている。

ペルソナの設定はかなり細かく、夫の勤め先、子どもの年齢はもちろん、学校は私立か公立か、部活は何をしているか、塾に行っているか、あとは、その人の趣味や好きな芸能人、読んでいる雑誌、そうした仮説をメンバーで考えている。企画にどう生かすかというと、たとえば、ペルソナ2の子育て世代の設定として、パートをしていて、勤務時間も長く、自分が帰る前に子どもが先に帰宅していて、塾に行く前に、何か食べさせないといけない、だから、作りおき料理のレパートリーが必要だ、というふうに仮説を立て企画を考えていく。ペルソナマーケティングは、始めたばかりで完成されてはいない。まだこんな具体的な効果があったと報告はできないが、時代とともに修正を加えていきながら、これからも勉強していきたいと新居氏は言う。


読者アンケート

これは初版すべてに封入している。全く反応のない商品もあれば、非常に返信率の高い商品もある。書かれている内容はさまざまで、「子どもが小さいのに主人がまったく家事を手伝ってくれない。もう、離婚を考えています」など、狭いスペースに、自身の悩みをびっしりと書いてこられる方もいれば、本の内容について自分の見解を述べてこられる方もいる。おおむね「よかった」と書いてくださるのだが、「買ってお金のムダでした」というものも。そういう言葉も真摯に受け取らないといけない。

アンケートは、実は本の作り手のモチベーションアップに役立っていると氏は言う。以前、60代の方から、「本屋さんに行ってもたくさんありすぎて、何を選んでいいかわからない。チラシで生協さんが選んでくれたページを見て、買うのを楽しみにしています」と書いてあった。また、「子育て中で時間がなく、書店に子どもと行くと本をぐちゃぐちゃにしてしまうので行きたくても行けないので、チラシを見て楽しんでいます」という言葉に生活シチュエーションの想像がより膨らんだ。

中には、ほろりとする時も。「あれだけ手先が器用で手芸を得意としていた母が、脳梗塞で入院し、すっかり元気がなくなってしまったんですが、少しでも興味を持ってもらいたくて、折り紙の本と折り紙を持って置いてきたら、次に行った時、少しずつ折った作品が置いてあって涙が出てきました。ありがとうございます」と書いてあった。「こうした感想をいただいたりすると、私たちの大きな心の支えになります」という。

読者アンケートからは、意外なもの、こちらが思っていたものと違う商品の価値に気づかされたりすることもあるという。

「生協バイヤーから聞いた話だが、長年、企画している、あるメーカーの家庭用電動のこぎりが、ある時期からすごく売れ始めた。女性でもDIYが流行っているから、火がついたのかな、と思ったそうですが、調査するとその理由がわかった。家庭の中で、家具とか捨てる時、粗大ごみで出すとお金がかかる。節約のため、主婦が電動のこぎりで小さく切って普通ゴミとして出すために使う。つまり、壊すために使っている」

まさに、目からウロコだった。何かを作るためにではなくて、壊すために使っている、という事実。「このようにユーザーの感じ方、使い方は様々で、いろいろ考え出してくれて、ありがたい話だな、と思います。書籍でも似たところがある」と氏は指摘する。

『教科書によく出るシリーズ』は「ことわざ絵事典」「四字熟語絵事典」「慣用句絵事典」など、小学生向け学習本で、トータルで20万部。アンケートが返ってきてわかったのは、実はシニア世代も多く買ってくれていたのだ。

60代の方から「普通の本を読むのがつらくなってきた。ボケ防止もあって、昔をなつかしみながら、わかりやすいこの本で勉強しています」とあった。大人向きは読みづらい。子どものものなら簡単でわかりやすいからと、そうして使ってくれているんだ、とアンケートからわかった。


生協ルートの本を作るにあたっての苦労

1つは書店で販売しない本ということ。書店で売ってはいけないことや普通に宣伝できないことへのジレンマ。著者の先生に理解していただけなくて、実際、それで断られたこともあったとか。

2つ目は、初版時の予算が少ないこと。生協ルート商品は、重版率が高くて、ロングで売れる商品だが、初版の予算が少ない。キャパが小さいので、一度にたくさん刷ることはない。小さく生んで大きく育てる、というスタンスだが、制作協力者には重版のうまみを感じていただけるように苦労している、という。

生協だからできる面白い企画

2年前に発刊し、売れて版を重ねている『一生使える 家庭のたれ大全』だが、実は、書店ルート用に企画を出したが、却下された。なぜかというと横長の本で、書店の棚に差すとはみ出してしまう判型で、書店で嫌われる、置いてもらえないと言われた。方向転換して、生協ルート用商品で出版した。レシピ本でのよく言われる悩みが、ページが閉じてしまって、重しを置かないといけないので使いにくい、ということがある。この本は横に長くなっているので、ページが閉じてしまうことがなく使い勝手がよいのだ。判型が影響したとばかりはいえないが、「~大全」シリーズが今、売れていて、「作りおき大全」「飾り切り大全」など、これからも実績が楽しみなシリーズになっている、という。

生協ルートで一番生き残っている本

『お母さんのガミガミが子どもをダメにする』は、子育て本だが、発刊が1993年、24年前。いまだに売れており137刷、40万部。生協ルートでの超ロングセラーである。

PHPでは3年前、「松岡修造日めくり まいにち、修造」を出版し、ベストセラーとなった。生協ルートでも非常に売れて、うれしい悲鳴が上がった。

もちろんそのような商品はとてもありがたいが、私たちは派手なホームランでなく、ロングセラーをねらって、しっかりとヒットを出して、アベレージをあげていこう。と言っているという。

「出版業界が厳しくなっている中、書店ルートだけでは厳しく、再販と直販の両輪で支えていくということで、直販ルートが見直されてきており、まったく違う2つのルートを持っているのは、私たちの強みだな、と思います。売上げは、まだ再販ルートのほうが大きいので、これからますます直販ルートを拡大していきたい。そして、お客様の生活に寄り添って、今後も重版率の高いロングセラー商品をめざして、商品作りに励んでいきたいと思います」と新居氏はしめくくった。(了)


(平成29年7月27日(木)AJEC編集講座での講演より)

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