読者のココロに届く装丁とは何か。ヒット作を飛ばし続ける川上成夫氏。今回は川上氏の作品を中心に、さまざまな事例をもとに解説していただきました。そして進行は、PHP研究所に昨年まで勤めておられた編集経験の豊かな山田雅庸氏と、装丁家の川上氏との、対談、掛け合いの形で進めていただきました。
①レタリングが好きで文字オタクに
『新明解国語辞典』
山田:では、川上さんが手がけてきた作品を一つずつ進めていく前に、中学校の時に校章をデザインしたそうで、そのお話をうかがいましょう。
川上:小学校6年間を担任して頂いた遠山先生から「川上は絵がうまい」のだからと言われて、小学校の隣地に新設する中学校の校章を、おっかなびっくりに、デザインしたものです。
まずアイデアを練る中で、川口は竹の産地なので笹の葉をデザインしようと考えました。それに“中”の文字をレタリングして絡ませてみると、うまくフィットしたので、わりと短時間で完成したと記憶しています。今も使われているその校章は、結果、僕の長いデザイナー生活の最初の作品になりましたし、デザインすることの面白さ、文字をレタリングする面白さを、13歳の若さで知ることができた事は、とてもラッキーでした。
それで味をしめた僕は、すっかり「文字オタク」になってしまい、中学・高校と新聞部に入り、特集の見出しをレタリングしたり、謄写版用文字や、出張校正先の埼玉新聞社で活字を学んだりと、文字で伝達する可能性、重要性をなにげに追究しました。
高校卒業後、キヤノンに入社するも夜間は桑沢デザイン研究所に入学し、デザイン全般を学び、3年後には真鍋博アトリエ入社し、絵を学びました。装丁の仕事も多かった真鍋さんから“絵と文字を融合させて行う装丁”の魅力を教わり、僕の一生の仕事はこれだ!!と思ったものです。
独立後、三省堂の仕事を始め、29歳のとき、『新明解国語辞典』の新刊時のデザインを担当。活字をベースにして、よりシャープに見えるように、文字を設計し直しました。まだMacが無い時代、烏口とロットリング、筆で描いたのですから、大変でした。
②タイトルに生命力を持たせる
『九十歳 何がめでたい』(佐藤愛子)
山田:川上さんは、装丁を始めて50年になられるそうです。長年にわたって、広範囲の装丁を手がけられ、2008年には講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞されていますね。
川上:ほぼ前回の東京オリンピックが開催された昭和39年頃に学校を卒業して、この道に入りましたので、50年はたちましたね。半世紀も続けてこられて自分でもびっくりしていますが、それなりのお話はできると思います。
山田:では、早速、パワーポイントを見ながら、進めていきましょう。始めの1枚目『九十歳 何がめでたい』(佐藤愛子)。これは、実は川上さんがデザインされたものではないとのことですが、思うことがあり、取り上げたとのことで、具体的にお話をうかがいましょう。
川上:隣にある佐藤愛子さんの『ああ、面白かったといって死にたい』は、僕のデザインで、5年程前に海竜社から出たものです。元々、売れていたようなのですが、佐藤愛子さんブームのお陰で、ベストセラーになりました。しかし『九十歳 何がめでたい』は、デザインも良いけど、タイトルの良さ、新鮮さにびっくりしました。
山田:去年の8月に出たものですね。
川上:長生きしてれば、体調が優れなかったり、そんな時に限って忙しかったり、周囲でいろんなことが起こったりで、決してめでたいばかりじゃないよ、と九十歳の先生の本音が伝わるし、それを本のタイトルにした潔さには感服しました。
山田:長生きはめでたい、という認識があります。日野原先生の本など、これからどうやってもっと長生きするかなどね。
川上:90歳、100歳と長寿の秘訣や長寿をめでる多数の本の中で、『九十歳 何がめでたい』と言う逆バージョンのタイトルは新鮮そのもので、それを引き出した編集者も偉いし、出版社も偉い。
山田:結構、勇気がいりますね。
川上:冒険的な力のあるタイトルだったからこそ成功したのだと思いますし、帯にある“いちいちうるせえ”も効いていますよね。
山田:タイトルとか、帯のコピーとか、力のある言葉があればよい、ということですね。
③デザインされないデザインでよい
川上:著者が読者に伝えたい本の内容を、的確にかつ興味深くアピールするのが編集者と装丁者の仕事だと思います。もし、編集者から超絶すばらしいタイトルを渡されれば、装丁者はデザインを施す必要などなく、読みやすく文字を組むだけですばらしい本が出来上がります。少々、舌たらずの短い言葉でも、日本人は言霊で理解しますから、読むというより、見た感覚で瞬時に伝えることが出来るのです。
しかし、よぶんなサブタイトルや帯コピーは、本をアピールする為に逆効果になることもありますので要注意です。装丁の打合せ時に、タイトル、サブタイトル、帯コピーについて、編集者と念入りの打合せをさせてもらうのはその為で、良い装丁は、ムダな言葉を排除し、練られた言葉だけで構成した時に生まれます。
山田:たしかに、私も最初は川上さんにデザインをお願いに行って、タイトルがあって、サブタイトルがあって、ヘッドコピーがついていて、オビにする原稿も持って行って、文字だらけみたいな原稿を持って行きましたが、川上さんのスタジオに行くと、そこで改めてタイトル会議、みたいなことがよくあるので、その前に選びぬいた言葉を持っていき、そのうえで装丁を依頼する、そして改めて考える。そこがポイントではないかなと思います。
川上:3つ4つのタイトル候補があった場合、書類や頭で考えるよりは、全部をデザイン化してみて、それから検討したらどうですか? と提案しています。今はMacで簡単に文字が組めますし、組んでみたら意外とこっちの方が良いね、という事がよくあるのです。デザインする側も、その方が面白いですしね。
山田:そういう融通がきく出版社ばかりならいいのですが、そうでないところもあるかもしれません。そこは、いい本を作ろうとするならば、いくつか案を考えて持っていくのも、いい方法なのですね。
④レタリングを有効に使うデザイン!
『油断!』(堺屋太一)
川上:『油断!』(堺屋太一)昭和50年。ぼくが最初に小説をデザインしたものです。ある日、中東の石油が全面ストップし、中東に全面依存する日本の産業と暮らしが大パニックに陥る様子を描いて、大ベストセラーになりました。油断の油は、僕がリキテックスという絵具を使って描いたものでオイルをたらしたようなデザインにしました。
山田:活字でもないし写植でもないし、イラストなんですね。
川上:名前を間違えて「堺屋太」とラフを作ってしまったのですが、でもこの名前もなかなか良いよね、と編集者。でもやっぱり「堺屋太一」に戻そうかと言われて直したエピソードを覚えています。この本は昭和50年頃の時代性を良くとらえて、ベストセラーになり、堺屋さんは通産官僚をやめて作家デビューしました。その後、実際にオイルショックが到来しました。堺屋さんにも、僕にとっても記念すべき1冊になりました。
山田:この本は知っていましたが、改めてこれがイラストだって初めて知りました。
⑤デザイナーと編集者のやり取りでよい作品が生まれる
『ユダヤ人を大量虐殺したアドルフ・ヒトラーも、実はユダヤ人だった?!』(手塚治虫)
山田:これはまた、系統の違った装丁です。
川上:秘密文書をめぐるナチスとユダヤの攻防を描く、手塚治虫さんのベストセラー漫画です。
山田:イラストは横山明さんですが、肖像画がいくつかあります。4人のアドルフが出てきます。これは編集の人と話しながらアイデアが打ち合わせの中で出てきたんですね。
川上:これは横山さんのアイデアだったと思います。漫画の装丁は初めてだったので横山さんの知恵を借りて、楽しくデザインさせてもらいました。
山田:川上さんもヒントや情報を出してもらったことがありますか。
川上:大いにあります。でも若い頃は強情で、なかなか人の話を聞き入れなかったような気がします。最近では、編集者の意見を聞いてやり直してみると、なるほど人の意見も聞いてみるものだな、と思うことが多いです。
山田:編集者はたしかにデザイナーさんとコミュニケーションをとり、打ち合わせすることで、より良い作品が生まれてきますよね。
⑥イラストの描き下ろしを頼むときは、文字のデザインを先にする
『ニサッタ、ニサッタ』(乃南アサ)
『黒い森』(折原一)
川上:『ニサッタ、ニサッタ』はアイヌ語で「明日こそは」の意味。東京に就職した主人公は、リストラや倒産にあい、ネットカフェ難民になったり、新聞配達をしたりして頑張るが、ついに挫折して故郷の知床に戻る。親兄弟の住む知床の情はあたたかく、ささやかながらの職にもありつけた。そこで、東京であくせくするだけが人生ではないよ、目を転じれば、いくらでも広い世界があるんだよ、という気持ちを込めて、広大な知床の海と丘の絵を、網中いづるさんに描いてもらいました。
山田:描き下ろしを頼む時は、文字の位置とか、構想してから依頼する?
川上:僕の装丁は全部そうですが、文字を優先してデザインします。絵が出来てから変えることもありますが、基本的にはタイトルの大きさ、位置を伝えて絵を描いてもらっています。
山田:『黒い森』(折原一)こちらも同じですか?
川上:まったく同様に描いてもらいました。富士山の青木ヶ原樹海に繰り広げられる世にもおぞましいミステリーで、老木の根にはドクロがころがっているその位置にも、綿密な打合せが必要です。
山田:いま気がついたんですが、根っこが張ってますよね。その根っこの流れに沿って文字がこうずっとあって面白いですね。イラストと文字の配置の関係も重要ということですね。
⑦翻訳もののデザインは原著のイメージを大切に
『不都合な真実』(アル・ゴア)
『私たちの選択』(アル・ゴア)
川上:『不都合な真実』平成19年刊『私たちの選択』 平成21年刊 アル・ゴアとそのチームが二酸化濃度アップによる地球の温暖化を警告。海水温の上昇により氷が溶けて、50~70年後には北極が消滅するとの予測をした本です。
山田:オールカラーで、証拠写真ですかね、何年前と今を対比している。地球環境への警告をしている。
川上:鳥インフルエンザやSARSも温暖化が原因かもしれないと分析しています。ただ、著者のアル・ゴアさんが、アメリカの大統領選でブッシュさんに僅差で敗北したのは残念でしたよね。アル・ゴアさんがもし勝っていたら中東戦争を起こさなかったかもしれない、そしたら今の世界情勢ももっと平和にガラッと変わっていたかもしれないと、指導者の重要性をあらためて考えてしまいます。
山田:この本が出た時、本人が日本に来て講演をしたり、話題になりました。このように、翻訳本を装丁する時、川上さんが注意していることは何でしょう。
川上:この本は原著があり、装丁もすっきりして良かったですね。英語だけの表記ですからカッコイイです。でも翻訳本の宿命、和文表記をデザインしなければならないので、カッコ良さがそこなわれない様にがんばりました。
山田:すると、翻訳本の場合はだいたい原本をイメージしてみたいな。
川上:翻訳本は、だいたいはデザインが良くないので、原本のイメージは踏襲しませんね。日本の出版文化を高める為にも、翻訳本の装丁は神経を使います。
⑧書斎に並べると美しい。本はインテリア感覚も大事。
『平家物語』
川上:『平家物語』『源氏物語』『古事記』等、全20巻の古典シリーズの装丁依頼の打合せ時に、編集者が大成名画を持参して、これで装丁をまとめてもらえないかとの相談がありました。今までにない新鮮な古典シリーズにしたかったので、装画には少々ミスマッチな面白さがある松尾たいこさんを推薦しました。ラッキーにも、松尾さんが描いてベストセラーとなった『クライマーズ・ハイ』を担当部長が読んでいた為、面白いかも知れないと、あっさりと企画が通りシリーズがスタートしました。企画も装丁も、団塊の世代の人達の支持を得て、ロング・ベストセラーになったようです。
山田:持って歩いてもよいような装丁ですよね。
川上:僕もリビングに飾っていますが、全20巻を並べた時の背中が綺麗なので、知的なインテリアグッズとしても楽しんでいます。
⑨編集者が自分が考え、自分の裁量でできる本作りは面白い
『世界の三大宗教』『名字の謎学』『JR中央線の謎学』河出夢文庫
川上:夢文庫が1993年に創刊して以来、23年間全部の装丁を担当してきました。ほぼ1000冊になります。同じシリーズを長年やらせてもらっていると、前後の関係を見ながら似ないように常に変化させられますので、とてもやりやすいです。
『大阪を古地図で歩く本』『日本の歴史がたった2時間でわかる本』『日本刀 妖しい魅力にハマる本』根強い歴女ブームが続く中、歴史関連の雑学文庫はどれも好調のようです。最近ではアニメの影響もあり、刀剣女子を生んだ日本刀の文庫は10万部突破のロングセラーになっています。
川上:いろんなジャンルから読者の興味を引きそうなテーマを選んで文庫化するのは、編集者の時代を見る目と力量が問われる面白い仕事だと思います。文芸ものだと作家の力量と面白さに委ねて本を作りますが、こういうものこそ編集者が自分で発想し、自分の裁量でできますから、自分の実力を試せますよね。
山田:たしかにそうですね。プロダクションの方が多いと思いますが、こういうテーマで作ってくれとか。装丁のイメージも持って。
川上:特に若い人は自分の得意とするジャンルから面白そうなテーマを見つけて文庫化し、自分の感性を試し、磨くことができる訳で、こんな面白い仕事はないと思います。
山田:有名な作家と仕事をするのだけが編集者として面白味があるのではなく……。
川上:本当にそう思います。
川上先生と、山田雅庸氏との掛け合い対談はますます熱を帯びてきて、終了時間が過ぎても続き、論じた表紙の数が実に110数点に及びました。
その中で川上先生が一貫しておっしゃっていたことは「力強いメッセージ性のあるタイトル」「シンプルなデザイン」「編集者との協力が大事」ということばでした。
ご自分が表現された本と、その本の表紙がどんな風に出来たのかを知ることで、受講者は、まるでその本を読んでしまっているような錯覚に陥るほど楽しくて有意義な講演でした。
(平成29年1月26日(木)AJEC編集講座での講演より)