ベストセラーとは何か
皆さん、こんばんは。最初に、日頃より編集制作会社の皆様には多大なお力添えをいただいておりますことを、この場を借りて御礼申し上げます。われわれ出版社は、編集制作会社の皆様のご協力がなければ、一冊の本もつくれないと言っても過言ではありません。日頃お世話になっている皆様に、少しでも恩返しができればと思い、今回この場に立たせていただいております。
最初にお断りしたいのは、本日お話しすることは当社の若手編集者向けに何度かレクチャーしたもので、「売れる本がつくれない」「どうやって著者とつきあえばいいかわからない」といった、経験の浅い編集者に向けて話してきた内容です。ある程度ベテランで、何冊もベストセラーをつくったことのある方にとっては物足りない話かもしれませんが、日頃の仕事に少しでもヒントになればと思います。
方程式は全部で10個ありますが、それらをうまく組み合わせて自分なりに本づくりをしていく。そういったアプローチの方法を少しお話ししたいと思います。チャートが多く駆け足になってしまうかもしれませんが、お許しください。
最初に「ベストセラーとは」についてご説明します。データが少し古くて申し訳ないのですが、2014年に売れた本で、『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』は売り上げ100万部を超えていますね。他にも去年の下半期にかけてこういった本がベストセラーになっています。
では、そもそもベストセラーとは何か。「ミリオンセラー」は100万部という定義がはっきりしているのですが、「ベストセラー」は意外と明確な定義はありません。だいたい10万部くらいが目安と言われていますが、ビジネス書や専門書の分野だと2、3万部売れてもベストセラーと言ったりしています。主にわれわれは短期間でよく売れる本を「ベストセラー」と呼んでいまして、2年、3年かけてじわじわ売れ続けている本は「ロングセラー」と呼んでおります。
書籍は本当にたくさん出ていまして、去年の年間発行点数は約8万3000点、つまり毎日200点以上が市場に出ているということです。これだけたくさんの本が書店に配本されていても、ベストセラーはほんのわずかだというのが現状です。本を売るためには、書店の店員がよい場所に本を置いてくれる「商品力」や「営業力」が必要なので、その点を出版社はいつも苦労しています。出版社によって違いますが、当社の場合はだいたい2ヵ月前から新刊情報を書店に提供して、注文部数をとって初版を決めています。しかし、よほど著名な著者や過去に売れた本を持っている著者以外は、それほど注文がとれないというのが現状です。毎年ミリオンセラーになるのは年に一冊あればいいほうです。ベストセラーといわれるのは全体の1~2%です。当社は年間約600点本を出していますが、やはり10点ベストセラーになればいいかな、という厳しい状態が続いております。
ベストセラーにするには、タイトル付けや内容の構成などはもちろん大切ですが、「定価」や「初版部数」も大切です。最初は企画書に、編集者がいろいろな情報を書き込むわけですが、その一つが「著者の過去の実績」です。売れた本をどれだけ持っているかとか、著者が出した他社本や同類のテーマが市場でどれくらい売れているか、といったことを書いていきます。中には初版部数の条件を提示してくる著者の方もいるので、そういった点を考慮しながら企画書を書いていきます。当社では最終的に営業が決定するわけですが、マーケティングをしながら取次の反応や、先ほど申し上げた事前の新刊情報に対して書店がどれだけ注文してくれるかといったことを加味しながら初版部数を決めていくことになります。実は初版部数が多いからといって、ベストセラーになるわけではありません。初版で2~3万部刷っても売れ残るケースは結構あります。当社の場合は営業があまり期待していない本ほどベストセラーになる傾向があります。営業があらかじめ高い部数をつけた本は、意外と初版で終わってしまい、初版6000~7000部くらいのまったく相手にされていなかった本がベストセラーになっていく傾向があります。
たとえば『まいにち修造!』。これは書籍ではなく日めくりカレンダーなのですが、2014年8月に初版1万部で発刊しました。1万部という数字は多いのですが、日めくりカレンダーは原価が高いので、1万部刷らないと合わない。それでギリギリの1万部でスタートしたのですが、書店では文具コーナーにしか置かれず、営業もほとんど関心を持ちませんでした。「売ろう!」という意識がほとんどなかったのです。ところが、9月にテニスの錦織圭選手が全米オープンで決勝まで行くにつれて、松岡さんの露出度がどんどん上がっていって、このカレンダーの存在が非常にクローズアップされていくわけです。それで若い人たちがTwitter等で拡散してくれてベストセラーになったのですが、日めくりカレンダーは書籍と違って大量に増刷ができないのです。リングの部分は全部手作業で行うので、書店から矢のように注文があっても、生産が追いつかない。それが逆にTwitterの中で「あそこの書店にあった」といった情報が流れて火が付いていきました。現在は126万部という、日めくりカレンダーとしては異例の数字になりました。
もう一つ、ベストセラーを狙うときに一番難しいのが「増刷のタイミング」です。書店のPOSデータや追加注文、過去の同じような作品がどれだけ売れたかといったデータを検討しながら増刷をかけていくのですが、増刷決定から本ができるまでは、早くても10日くらいかかります。増刷をかけた分が売れなかったケースもあり、非常に難しいところです。よく新聞広告で「たちまち3刷」とか「緊急重版」といった文言がありますが、出版社によって表現はそれぞれです。実は「3刷」といっても1000部でも2000部でも同じ「1刷」なので、どれぐらい売れているのかがよくわからない。1万部刷っても「1刷」ですからね。
ベストセラーを作る方程式10項目
ミリオンセラーはだいたい毎月、最低5万~10万部は増刷をかけてきます。それでも1年以上かかるわけですから、相当長く増刷をかけて売っていくのがミリオンセラーです。最初は500~1000店ぐらいの書店しか配本されないので、最初に配本した書店から追加注文があり、徐々に小さな書店にも流れていくのがミリオンセラーの流れです。ただ、小さな書店まで流れていくと、POSデータをとっていない書店がたくさんあるので、実際の流通在庫が把握できなくなってくる怖さがあります。たとえば『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』という本は110万部発行していますが、去年時点での推定実売は84万部なのです。そうすると、26万部が流通在庫になっているので、もし売れ行きが止まったら、この26万部はドーンと返品されてくる怖さがあります。また、『お金が貯まるのはどっち?!』も広告では「42万部突破!」となっていますが、実際は32万部の推定実売であり、10万部は全国の書店に置かれている。この10万部をきちんと売っていかないと、ベストセラーになっても在庫の山で経営が苦しくなるということです。営業は「いつ売れ行きが止まるのか」「いつ返品がドッと返ってくるのか」といったことを戦々恐々としながらベストセラーをつくっていくというのが実情です。
これは当社の過去のベストセラー(50万部以上)の一覧です。基本的に創設者である松下幸之助の本が長く売れています。あとはやはりPHP新書ですね。新書はロングセラーになりやすいので多いです。『まいにち、修造!』は書籍ではありませんが100万部を超えている。当社は30年以上出版事業をやっていますが、100万部を超える本はわずか6冊しかなく、それだけミリオンセラーを出すことは大変だということです。
ではベストセラーを出すためにはどうしたらいいか。大前提として、編集者が読者の本を買う動機をきちんと把握しているかに尽きるでしょう。読者は「役に立つか」とか「面白そうか」といった興味で本を買います。その読者のニーズに合った本をつくらなければベストセラーは出ません。もう一つ大切なことは、意外と編集者に欠けていますが、本気で自分がベストセラーを出したいと思っているかどうかです。編集者は企画の決裁が通らなければ仕事になりませんので、どうしてもすぐに本にできそうな企画や早めに原稿を書いてくれそうな著者の企画を出しがちです。そこそこ売れる本が出せればいいと思っている編集者もいます。しかし、そもそもベストセラーにチャレンジしようという気概がないと、ベストセラーはつくれません。
あとは自分なりにベストセラーの研究をしているかどうか。他社で売れたベストセラーの理由がわからなければ、自分でベストセラーをつくることはできません。他社のベストセラーの内容をきちんと研究していくことが重要です。それから編集者は本をつくったら終わり、という感覚になってしまいますが、本は市場に出てからが勝負なのです。正確にいえば、本を出す前から、どうやってPRしていくか、著者を売り出していくかということを営業と一体になって考えなければなりません。
それからやはり著者との人間関係は大切ですね。著者は編集者を信用して原稿を渡すのです。「この編集者なら売れる本をつくってくれるんじゃないか」という期待を込めて本を出すのであり、どうやって著者と濃密な人間関係を築いて信頼を得るかが重要です。
そのうえで世の中の動きを自分で探り、いろいろな情報を集めて、どういう本を出せば読者が買ってくれるのかをきちんと把握しなければいけません。そこで、私なりに過去の売れた本を分析して、こういう本のつくり方があるよ、ということで10項目紹介したいと思います。経験の浅い編集者でも、これらを組み合わせれば一冊くらい売れる本が出せるのではないか、という発想から考えたものです。
方程式①「マスコミを活用できる本を作ること」
最初の方程式は、「マスコミを活用できる本をつくること」です。多くの出版社は広告宣伝にお金をかける余裕がないので、マスコミが宣伝してくれるのが一番ありがたいわけですね。どうやってマスコミが宣伝や紹介をしてくれるかということが非常に重要です。一つの方法として、テレビ局のディレクターに売り込む場合、本の内容が短時間で相手に伝わらなければ興味を持ってもらえません。要するに、忙しいディレクターが「この本、面白そうだな」と思ってくれなければ検討の余地さえないので、本のタイトルから中身まで、どうやって短い時間で説明できるかが勝負のカギを握ります。
たとえば、2001年に当社が出版した『銀座ママが教える「できる男」「できない男」の見分け方』という本があります。初版8000部で22万部まで売れました。このPRを担当した会社がテレビ局に売り込みをしてくれたのは、次の3つです。①銀座に双子のママがいる。②その妹が初めて本を書いた。③内容は銀座に遊びに来る男の出世する人、しない人の差は何かということ。これだけの説明でテレビ局はネタとして面白そうだと思って取材に来てくれたわけです。取材なら銀座のクラブにタダで飲みに行けるというメリットも
PRしたのですけれども。それでテレビが宣伝してくれて売れたという例です。これと似たケースで、2006年に幻冬舎さんから出た『祇園の教訓――昇る人、昇りきらずに終わる人』という本も、やはり3つのPRポイントがありますね。①祇園で売れっ子の芸妓(げいこ)さんがいる。②郷ひろみと交際していて、松田聖子との破局の原因をつくったという噂がある。③祇園で遊ぶ男たちの出世するタイプ、しないタイプについて書いている。これもテレビ局が飛びついたというわけです。著者のキャラクター、内容、話題性をきちんとPRして本になれば、お金をかけずにマスコミが宣伝してくれる事例です。
私が2006年につくった本に『大地の咆哮――元上海総領事が見た中国』という本があります。これはテレビではなく多くの新聞が取り上げてくれて売れたケースです。著者は在上海日本総領事館の元総領事で、中国側公安当局者による恫喝と脅迫に苦しめられ、自殺の道を選んだ館員の上司だった人です。本人は末期癌のため日本に帰ってきて、最期に一冊本を書きたいということで出版する機会に恵まれました。「現役の外交官が中国の問題点を暴いた!」という触れ込みで出しまして、読者の日中問題への関心もあり、わずか3カ月で14万部売れました。
先ほどの『まいにち、修造!』もマスコミが連日のように報道してくれたので、広告効果は1億円以上ありました。このように、うまくマスコミが取り上げてくれると、われわれの力をはるかに超えた宣伝力で本が売れていくということです。著者の経歴、人柄、書いた理由、話題性、そして重要なのが一般の読者が理解できるといった要素が本に盛り込まれていれば、マスコミをうまく活用できるという事例です。それでもうまくいかない例はたくさんありますが、うまくいけば10万~20万部までは結構早く行きます。
また、ノンフィクション系の本では、現役官僚というのは著者としてとても魅力的です。特に告発本ですね。本来官僚は身内の省庁を告発するような本を書かないのですが、辞める間際に一冊書く人がいます。官僚は政治の中枢の情報を知っていますので、一般読者にとっては新鮮な内容です。たとえば、『さらば外務省!――私は小泉首相と売国官僚を許さない』の帯コピーは「キャリア官僚が自分のクビと引き換えに全てを書いた驚愕の書」。すごいですよね、このコピー。中身が知りたいという欲求を掻き立てますよね。これは21万部売れています。それから『国家の罠――ラスプーチンと呼ばれて』。帯コピーは「国を愛し国のために尽くしたにもかかわらず、全てを奪われた男が、沈黙を破り、鈴木宗男事件の真実と、国策捜査の実態を明らかにする」。これだけでも読みたくなりますよね。
このように外務省、財務省、原発など、官僚が辞める間際に書いた本は意外と売れます。ただ、失敗も結構あります。厚生労働省は医療問題が中心なので、そんなに一般読者は関心がないのかな、と思います。情報の中身も含めて、一般読者に関心があるテーマを選ぶことが官僚の場合でも重要です。
2016年3月に出た『掃除は「ついで」にやりなさい』の著者、新津春子さんをご存じでしょうか。2015年6月にNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演されたのですが、観た方はいらっしゃいますか? かなり多くの編集者が観ていたはずなのですが、恥ずかしながら当社の編集者からは企画書が出てきませんでした。主婦と生活社さんは、昨年6月に新津さんがテレビ出演したあと今年3月には出版にこぎつけたわけで、約9カ月間で企画を通して本に仕上げていますね。この本は「王様のブランチ」「世界一受けたい授業」「金スマ」に取り上げられ、15万部を突破しています。じつは、この3つのテレビ番組は「本がブレイクする番組」と言われていまして、3番組を制覇しているので売れるのは当たり前ですね。いろいろな編集者が出版しようと考えたかもしれませんが、いち早く企画を出した主婦と生活社さんの編集者は素晴らしいと思いました。
方程式②「初めて本を出す人を発掘していく」
2つ目の方程式は「初めて本を出す人を発掘していく」ということです。出版社にとってリスクは高いですが、売れればメガヒットになっていきます。しかも初めて本を出す人は、その後出版社によって囲い込みができるわけです。売れれば2弾、3弾も出せるというメリットがあります。有名なのは乙武洋匡さんあたりですね。もちろん初めて本を出すわけですから初版部数は抑え気味ですが、火が付けば大ミリオンセラーになっていくということです。たとえば、乙武さんの番組も多くの編集者が観ていたはずですが、アプローチをしたのは講談社の編集者だったわけです。そういう情報をいかに書籍にしていくかというのは、編集者の腕の見せどころですし、営業に企画を通す説得力、「絶対売れる」と自分を信じる力も編集者には必要です。
これは当社の事例ですが、2002年にワールドカップが日韓共同で開催されました。その前の年に、さまざまな版権会社が、日本に来る海外の人気サッカー選手たちの自伝等を買い上げていました。イギリスで出版されたベッカムの自伝も、あるエージェント会社が版権を買っていました。海外で話題になった本の版権は、最初は大手の出版社(講談社、集英社、小学館等)に流れるケースが多いわけです。そこで興味を示さないとなると、当社のような出版社にも回ってくるのです。『BECKHAM』もそうでした。少なくとも当時の編集者は誰もベッカムというサッカー選手を知らなかったのだと思います。競売にすらかけられませんでした。当社でもベッカムを知る人は誰もいなかったですね。その担当編集者もあまり知らないけど版権を買ってしまった。せっかくワールドカップが開かれるなら一冊くらい出したい、という気持ちだったのですね。ただカラーページが多く、2100円という高い値付けになってしまった。普通は6000部ほどの初版ですが、それでは原価が合わないために8000部も刷ったわけです。6月開催の2カ月前の4月に発刊しましたので、まさにギリギリのタイミングで、この時点でも「ベッカムって誰?」という状態でした。しかも2100円という高いお金を出して買う人なんているの? というのが社内の声でした。
ところが、来日直前にいきなり人気が出まして、とくに年配の女性たちがベッカムの追っかけになるほどの現象が起き、ワールドカップが終わるまでに30万部売れました。増刷に次ぐ増刷です。ところが、面白いのが、ワールドカップ後、ベッカムの本は2、3冊出たのですが、どれもほとんど売れなかったのです。たぶん版権料はそうとう値上がりしていたはずで、他社が高い金額で買って訳して出したと思いますが、ベッカム人気はあっという間に終わっていました。当社の本もワールドカップが終わった1カ月後くらいにはもうまったく売れなくなり、本当に短期間しか売れなかった本として印象に残っています。
次は私が2002年につくった綾小路きみまろさんの『有効期限の過ぎた亭主・賞味期限の切れた女房』という本ですが、初版8000部刷らないと原価が合わない本でした。しかし書店に8000部も配本できない。社内でもきみまろさんを知っている人は皆無で、書店でも「きみまろって誰?」という状態でしたから。
そこできみまろさんに相談したら、「いいよ、俺が2000部買ってあげるよ」ということで、ようやく8000部刷ることができました。本が出版される少し前に漫談CDが売れはじめ、そのうちマスコミがどんどん取り上げてくれて、あっという間に火が付き、短期間に26万部売れました。その後も続けて本を出すことができ、結局9冊出したわけですけれども、きみまろさんの本は、単行本より文庫のほうがよく売れる傾向がありました。そこで、単行本をつくったら2年後には文庫にしていくという流れができ、累計で200万部くらい売れました。初めての著者をうまくつかまえて、その後2弾、3弾と出していくと出版社にとって大きな財産になる事例であります。
方程式③「その道のプロであり、かつ自分で文章が書ける人を探す」
3つ目の方程式は、「その道のプロであり、かつ自分で文章が書ける人を探す」ということです。つまり専門家だけどいろいろな引き出しを持っている人ですね。過去にそこそこ売れている本を出している人。そして一般の人にも理解できる内容の文章が書ける人。たとえば、養老孟司先生は『バカの壁』が大ヒットしました。その前にも脳に関する本は結構出しているわけですね。『涼しい脳味噌』などはエッセイとしても高い評価を受けており、そういった方が一般向けに本を書くと大ヒットする可能性があるということです。
藤原正彦先生の『国家の品格』も大ヒットしましたが、もともと数学者として数学に関するエッセイをたくさん書かれていたわけです。ところが、講談社(新潮文庫)で『祖国とは国語』という、ちょっと数学者らしくない本を出した。この本を読んだ編集者が、藤原先生なら、もっと別のテーマで書けるのではないかということで『国家の品格』を出版したというふうに推測されます。
『悩む力』でブレイクした姜尚中先生も、その前はやはり難しい専門書が多いわけです。でも『愛国の作法』という今までにない毛色の本を出した。この本を読んだ編集者が「悩む力」という新しいテーマを提示して姜先生に書いてもらったというふうに考えられます。もともとは専門的な本しか出していない人も、まったく違うテーマでも書ける力があるはずだという、そういう隠れた才能を発掘することも編集者の力だと思います。
当社で出した『頭のいい人、悪い人の話し方』の樋口裕一先生も、もともと「小論文の神様」と言われており、小論文に関する本をたくさん書かれていました。そこから他社が文章力に関する本を出版しました。小論文の神様ですから、当然文章の本を出せば売れるだろうと思われたわけです。ところが、それから『ホンモノの思考力』という本が出た。樋口先生は「文章」以外の本も書けるということで、それに目をつけた当社の編集者が、今度は「話し方」というテーマで先生にアプローチをかけた。「文章→思考→話し方」と、先生の引き出しを広げていき、先生も「実はそのテーマを書きたかった」という符合がうまく合えば、ベストセラーになる可能性があるということです。「文章」に関する本はたくさん読んできたけれど、樋口先生の「話し方」に関する本なら読んでみよう、という読者がたくさんいたということであります。
茂木健一郎先生も同様で、もともと脳の専門家です。とにかく脳に関する本がたくさん出ていた中で、当社の編集者は「勉強法」というテーマに方向性を変えたのです。『脳とクオリア』『脳整理法』といったタイトルだと一般読者はなかなか興味を示さないと思いますが、「勉強法」になると一気に間口が広がるわけですね。『脳を活かす勉強法』は子どもの教育に熱心な母親を中心にたくさん売れました。ですから読者の間口を広げるということは非常に重要だと思います。
『他人を攻撃せずにはいられない人』の著者、片田珠美先生も似たようなケースです。それまでは専門的な本が多いのです。タイトル付けももちろんですが、著者の持ち味をいかに引き出して一般読者にも理解できる内容の本をどうやってつくるかが、編集者の重要な資質になってきます。
方程式④「一流作家の持ち味を活かす」
4つ目の方程式は、「一流作家の持ち味を活かす」ということです。過去にベストセラーを出したけれども、今はさほどヒット作がないという著者は結構多いのです。しかし過去にベストセラーを出した著者は、やはりもう一度出せる力を持っています。ただ、出版社にこだわったり、「自分は小説以外は書かない」などこだわりのある著者はアプローチが難しいので、「自分の書きたいテーマであればどこの出版社で出してもいい」という柔軟性のある先生であれば、可能性は高いです。一番よい例は曽野綾子先生です。もともとは『戒老録』という本が非常によく売れた方ですが、その後も、この先生ほど出版社にこだわらない人はいないと言うほど、いろいろな出版社から本を出しています。テーマさえよければ軽く100万部を超える力を持っています。いかにその先生と付き合い、よい原稿をとってくるかということが勝負になります。
伊集院静先生もずっと『大人の流儀』シリーズがロングセラーになっていますね。もともとは直木賞をとっている先生なので、どんな本でも書けるはずですが、こういう方向でエッセイを書かせていくということが編集者の力になってくると思います。林真理子先生もそうですね。小説ではなく、『野心のすすめ』という刺激的なタイトルの本を書いてもらうところまで持って行くことが編集者の力になります。それから新井満先生も、もともとは芥川賞作家ですが、10年以上経って『千の風になって』というまったく違うテーマでミリオンを出しています。平野啓一郎先生も芥川賞作家で、当社で『本の読み方―― スロー・リーディングの実践』というテーマで出版しました。これはベストセラーにはならなかったものの、3万部くらい売れました。それから小川洋子先生。当社で『心と響き合う読書案内』という本を出しましたが、これ以外に当社から最初の絵本『ボタンちゃん』を出版しました。今年の夏休みの課題図書になりまして5万部くらい売れました。
このように、もともと作家として文章力のある著者に小説以外の分野でアプローチをかけ、著者が持っている引き出しの中から、読者のニーズに合ったテーマをうまく引き出していくのが編集者の仕事の醍醐味でもあります。
方程式⑤「過去にベストセラーを出した著者は再ブレイクする」
5つ目の方程式は、先ほどと似てしまいますが、「過去にベストセラーを出した著者は再ブレイクする」ということです。その顕著な例が池上彰先生ですね。NHKの現役記者だったときに集英社から出した『そうだったのかシリーズ』は有名だと思います。2005年にNHKを退職後、当社がアプローチをかけて2007年に『伝える力』を出版します。最初からそこそこ売れていたのですが、2008年に民放のテレビに出演するようになってから急に売れ出しました。ミリオンセラーを達成したあと、いまでもコンスタントに売れており、もうすぐ200万部に到達しそうです。あとは2007年に『夢をかなえるゾウ』等で大ベストセラーを出した水野敬也先生がいますが、自分で出版社を立ち上げて、まったく違う毛色の本をつくってブレイクしています。
それから渡辺和子先生もよく売れましたね。もともとPHPで一番本を出している先生でした。過去にロングセラーになった本がたくさんあります。しかし当社の編集者が一時期、渡辺先生と疎遠になってしまったのです。そんなときに幻冬舎さんから『置かれた場所で咲きなさい』が出版され、120万部のベストセラーに。やられた、という感じです。つまり、編集者が著者を信用しなくて誰が信用するのか、ということですよね。渡辺和子先生との人間関係を途絶えることなく続けていればと後悔させられたケースであり、渡辺先生の持ち味を最大限に活かした幻冬舎さんには改めてベストセラーのつくり方を教えてもらいました。
近藤誠先生は『患者よ、がんと闘うな』という本がベストセラーになりました。あれから10年以上経っているわけです。それでも、アスコムさんが『医者に殺されない47の心得』という新しいテーマで出版して、またミリオンになりました。そういう意味では、過去にベストセラーを持っている著者との人間関係を絶やさずにいること。あるいは新しいテーマを考え続け、著者にアプローチしていくという地道な作業が重要ということです。齋藤孝先生もそうですよね。一時期大ブームになって、その後たくさん本を出して、売れる本、売れない本とありましたが、「雑談力」というテーマでまたブレイクしたケースです。
方程式⑥「今売れている著者の絶版本を今風にリメイクして出す」
6つ目の方程式は、ベストセラーを出す一番簡単な方法ともいえますが、「今売れている著者の絶版本を今風にリメイクして出す」というやり方があります。たとえば、2001年に日野原重明先生の『生きかた上手』という本がベストセラーになって半年後、幻冬舎さんが日野原先生の絶版本をうまく工夫して『人生百年 私の工夫』という本を出しました。リメイクでも100万部売れたから大成功ですよね。何の手間暇もかかってないですから。中身は一緒で、タイトルを変えただけ。しかも帯コピーに「生き方上手」という言葉を使っているわけです。先ほどの樋口先生の『頭がいい人、悪い人の話し方』を出した5カ月後に、やはり幻冬舎さんから樋口先生の絶版本をリメークした『たった1分でできると思わせる話し方』が出て20万部売れています。ちゃんと帯コピーで「頭のいい人」という言葉を使っているわけです。
絶版本は著者にとっては可愛い子どもみたいなものです。それをもう一回市場に出しますと言えば、喜んでオッケーしてくれるケースが多いわけです。書店も売れている著者の本と一緒に併売してくれるので、よけいな宣伝をせずに売れるメリットもあります。しかも、リメイク本が売れると、著者の出版社への信用度が一気に増して、新しいテーマで次を書いてもらうことが可能になるという、一石二鳥、三鳥の手であります。ただ唯一、編集者としての矜持を保てるかどうかという点はありますが、これに徹している編集者もいるのは事実です。
方程式⑦「”悩みの最大公約数”をテーマにすること」
7つ目の方程式は、「"悩みの最大公約数“をテーマにすること」です。これで一番成功しているのが、サンマーク出版さんとアスコムさんですね。とにかく、人間の悩みの最大公約数をテーマにした本しかつくらないと決めているようです。「健康」は悩みで一番大きいですよね。この二つの出版社は徹底して健康本にこだわって売れる本を出しています。もう一つは「お金」ですね。あとは「勉強」。特に英語はもう一度学びたいという方が多いのでヒットしやすいです。また、営業マンは職種の中で一番多いので、「営業」に関する本も売れ筋の一つです。あとは「片付け」や「話し方」等。要するに、読者の悩みは何なのかということをきちんと捉えて解決してあげる、もしくはヒントを与えてあげる本は結構手堅く売れます。ただし、著者の信用度は重要なので、きちんと著者の専門性等を見極めたうえで出していかなければなりません。そして類書とどう差別化していくかということですね。マスコミに取り上げてもらえれば一気にベストセラーになっていきます。
方程式⑧「柳の下のどじょうに賭ける」
8つ目の方程式は、「柳の下のどじょうに賭ける」。これは出版社だったら必ずやる手法ですけれど、とくに三笠書房さんはお上手です。たとえば、当社から2008年に茂木健一郎先生の『脳を活かす勉強法』が出た後、三笠さんは茂木先生を監訳者にして『脳にいいことだけをやりなさい!』という本を出し、よく売れました。これは翻訳書なのですが、原題はまったく違うのです。原題は「Happy for No Reason」で、「幸せに理由なんかいらない」となります。翻訳書というのは自由にタイトルが付けられるので、「柳の下のどじょう」に使うには一番いいケースですね。同じような事例で、当社が2009年に出版した渡邉美樹先生の『「戦う組織」の作り方』に対し、渡邉先生を監訳者にした、似たようなタイトルの翻訳書『「戦う自分」をつくる13の成功戦略」』を出しています。原題は「Talent is never enough」で「人は才能がすべてではない」という意味でしょうから、すごいタイトル付けですが、翻訳本だから許されるというメリットをうまく活かしています。監訳者がどこまでほんとうに訳したのか定かではなく、しかも実際に訳した人の名前は出ていないので、道義的にスレスレの編集スタイルといえますが。
また、三笠書房さんは他社の売れている本と似たようなタイトルをつけて文庫で出すという手法もお上手です。たとえば、2007年に出た阿川佐和子先生のミリオンセラー『聞く力』を真似て、2008年に『「聞く力」が面白いほどつく本』という文庫を出しています。当社もよく真似をされていますが、2009年に出した『感情の整理ができる女は、うまくいく』は、同じ年にすぐ『できる人は感情の整理がうまい!』という文庫が出て驚きました。タイトルをちょっと入れ替えただけですから、すごいですよね。『面白くて眠れなくなる』シリーズは当社の子会社が出したヒットシリーズなのですが、三笠書房さんはすぐに文庫で『眠れないほど面白い』シリーズを立ち上げて、よく売れています。こんなこと許されるのかと言ったら、NOではないんですね。基本的にタイトルには著作権はありませんから。売れている本やシリーズの真似をしてつくっている、あるいはつくらされている編集者が、心底楽しんで仕事をしているのかどうかはわかりませんが、ここまで徹底して売れる本をつくっていく姿勢は、出版社の経営という観点から見れば学ぶべきことだと思っています。
方程式⑨「過去の財産の棚卸しをする」
9つ目の方程式は、「過去の財産の棚卸しをする」。出版社は、過去いろいろな本を出してきて、コンテンツ(財産)として残っていますが、リメイクしたり、時代に合うようにつくりかえていくということは、意外とやっていないのです。自分たちの財産を忘れてしまっていることがよくあります。たとえば、当社で『土地の文明』『幸運な文明』という非常に堅いタイトルで2冊の本が出ましたが、そんなに売れませんでした。もともと著者は元国交相の土木の専門家で、中身は非常に面白いのです。土地の形状や人の動きから歴史を読み解くというまったく新しい視点で本を書いてくれたのですが、タイトルが堅くて一般の読者には届かなかった。これに目を付けた当社の編集者が、まったく違ったタイトルとつけて文庫化したわけです。四六判の単行本2冊の内容に加え、著者が過去に書いた論文をうまく構成し直して、3冊分の文庫本にしました。1冊目が『日本史の謎は「地形」で解ける』ですが、このようにわかりやすいタイトルに変えると、一般の読者にも届くわけですね。もともと単行本2冊で2万部しか売れてなかったものが、3冊の文庫にしたら合計40万部以上に化けたというケースです。こういった事例はたくさんあると思うのです。自分たちがつくった過去のコンテンツをきちんと見直して今風に変えていくということも、編集者の才能の一つだと思います。
当社から出た宮部みゆき先生の『あかんべえ』は新潮文庫になりました。それから時間が経過して、当社から文庫で出し直すチャンスをいただけた。すると10万部近く売れた。本来なら、新潮文庫に入った時点で当社の文庫化はできないと思いがちなのですが、うまく調整すれば10年以上経って文庫にして、また売れるというケースです。あとは歴史に残るような経営者が書いた本も、内容が腐らない普遍的なものだったら、単行本をポケットサイズにリメイクしたり、文庫にすることで新たな読者を獲得できるケースもあります。もし単行本のままだったら、とっくに絶版になっているわけですが、リメイクやサイズを変えるだけで新しい読者がついてきます。
方程式⑩「ロングで売れるシリーズを開発する」
最後の方程式⑩は、出版社の大きな財産となる、「ロングで売れるシリーズを開発する」ということです。これがあれば出版社にとっては経営が安定します。編集制作会社の皆様にとっても、こういったロングのシリーズがあると経営的に相当安定するのではないかと思います。当社でロングで売れているのは、絵本の『迷路シリーズ』です。最初は営業も期待をしていなかった商品ですが、結局今は10冊以上のシリーズになって、それぞれ10万部以上売れており、シリーズ累計は220万部を超えています。こういうロングシリーズができると、本当に楽ですよね。ただ、著者に毎回新しいテーマで定期的に書いてもらうという苦労はあり、そこは担当編集者の腕も見せ所になります。ビジネス系で有名なのはダイヤモンド社さんの『MBAシリーズ』ですね。定価2800円と高いですが、高度なビジネススキルや経営戦略を学ぶうえで欠かせない教科書であり、根強い人気を誇っています。こういうシリーズを持っていると強いですね。
当社も過去にいろいろなシリーズを出してきました。最初はそこそこ売れますが、書店の棚に並べ続けるのは非常に難しく、5年も10年も棚を占有し、増刷をコンスタントにかけていくのは至難の業です。ですから、ロングで売れるシリーズを成功させるには、必ず定期的に新しい商品を投入して、書店に常に認知してもらうこと。そして新しく投入した商品がきちんと売れて、既刊本もそれにつれて売れるという好循環をつくり、棚から外されないように努力していくしかありません。10年もコンスタントに売れ続けるシリーズはなかなかできないのですが、編集制作会社の皆様のほうがこういった企画は得意なのではないでしょうか。新しいシリーズ企画があったら、ぜひご提案いただきたいと思っております。
以上、駆け足になってしまい、まことに恐縮でございますが、少しでも企画のヒントになればということで、私のお話とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。
(平成28年9月15日(木)AJEC編集講座での講演より)