1936年、長野県松本市生まれ。社会学博士。東京外国語大学学長、国立大学協会副会長、アジア太平洋大学交流機構国際事務総長など歴任。著書に『現代中国論』『中ソ対立と現代』『北京烈烈』(サントリー学芸賞受賞)『国際関係論』『中国・台湾・香港』『21世紀の大学』『音楽は生きる力』『全球(グローバル)教育論』など多数。中国・台湾などについての評論活動で2003年度「正論大賞」受賞。 |
秋田市の郊外に、大手一流企業やマスコミ各社から熱い視線を注がれている大学がある。授業はすべて英語、卒業までに1年間の留学が義務づけられている「国際教養大学(AIU)」だ。
1学年百数十人、授業の8割は20人未満の講座編成という少数精鋭の人材教育を行い、驚異の就職率100%(2009年度、2010年度)を実現。教育界内外からも高い評価を受ける人材養成について中嶋学長に聞いた。
御校は秋田という場所で、しかも開学7年目にして100%という高い就職率を誇るだけでなく、その就職企業も一流大手企業の名が並びます。それだけの人材育成ができる御校独自の人材教育プログラムについてお聞かせください。
国際教養大学は2004年の春に開学した新設大学で7年ほどの歴史しかありません。しかも、本学のある地域は秋田市の中心街ではなく、秋田駅から車で30分以上かかるという場所で、秋田杉の森に囲まれていて校舎の周囲には人家も店舗もほとんどありません。そんな場所に企業の採用担当者がわざわざ足を運んで企業説明会をしてくれています。
企業側がなぜ、これだけ本学の学生を評価してくれているかと言えば、それはほとんどの採用担当者が「英語で仕事ができる即戦力がほしい」と思っているからです。英語で仕事ができる即戦力となるためには、グローバルに仕事ができるコミュニケーション能力を持っていなければなりませんが、本学の学生は単に英語が話せるということだけではなく、異文化交流を実践的に体験しながら相互理解を深め、物事を論理的に進めていけるたくましさを身につけています。企業が本学の学生を高く評価してくれる理由はそこにあると思っています。
本学は「国際的に活躍できる人材の育成」を開学の理念に掲げており、グローバル社会が求める人材育成のために「語学と国際教養」に力を入れています。そのため、学内の講義はすべて英語です。それから一クラス15名程度の少人数教育、在学中に1年間の海外留学を義務づけ、1年次は留学生と寮生活を体験する、専任の教員の半数が外国人、24時間365日開館の図書館、厳格な卒業要件など、異文化コミュニケーションを身につけるための独自プログラムを打ち出して、大学運営を実践しているのです。
日本企業でも社内公用語を英語としたり、留学生採用を増やしたりTOEICの受験を義務づけるなど、グローバル人材の育成が課題となっています。そうした観点からも、御校の徹底した英語教育が評価されているのでしょうね。
とにかく授業はすべて英語で学び、英語で考え、発言することが求められます。歴史や政治の授業はもとより、音楽、体育まで例外はありません。
そのため、1年生は入学時に英語集中プログラム(English for Academic Purposes=EAP)の授業を受けます。これはいわば「英語で学ぶための訓練」をする授業です。読み書きやリスニング、会話、講義の受け方やノートの取り方まで週20時間びっちり学びます。
また授業では英会話を身につけるだけでなく、英語でクリティカルシンキング(批判的考察)できたり、それを伝えられるよう鍛えています。
また、在学中には提携大学への1年間の留学が義務づけられており、留学するのにTOEFL550点以上を取る必要がありますから、これをクリアするのが第一関門となります。留学時期が遅れれば、その分卒業も伸びるわけですから、必然的に学生は必死になって勉強するのです。
また、異文化コミュニケーションは授業だけではありません。キャンパスには世界100以上の提携大学から集まった留学生が在籍しており、秋田市の郊外でありながら実に国際色豊かです。学内ではあたりまえのように、英語やそのほかの外国語が飛び交っており、そのなかで生活していくには、英語を使うことを恥ずかしがってはいられないんですね。
新入生はそうやって、世界からやってくる留学生と1年間、寮でルームシェアすることが義務づけられているので、異文化を理解し、共生するための知恵も身につけられます。異文化理解というと、耳ざわりは良いのですが、実際に生活を共にするとなるとなかなか難しいものです。
たとえばある学生は「ルームメイトの留学生がトイレやお風呂掃除をしてくれない。自分ばかりやっている」と不満に思っていた。でも、それをどう伝えるか悩んでいたそうです。ストレートに伝えることにためらいがあったんですね。しかし、このままでは埒があかないと意を決して率直にルームメイトに伝えたところ、留学生側は「よく言ってくれた。言われなければ気がつかなかった。ありがとう」ということで、その後二人はそれまで以上に、お互いの理解を深めることができたと聞きました。
留学生の目からみると、やはり日本の学生の内向きな面は理解できないところがあるんですね。なぜ自分が思っていることを率直に話してくれないのかがわからない。
たしかに言葉の壁は誤解や行き違いを生むこともありますし、それがトラブルになることもあります。しかし、そうした場面でこそ問題解決能力や交渉力、状況判断力といったものを身につけられるのです。
学生たちはそうやって日常的に交流している中で、留学生は日本文化の奥深さに気がついたり、日本の学生は自己主張の重要性に気づくようになったりします。
そのように、お互いの生活習慣や価値観の違いに気づくことで、互いを認め合い、その上でコミュニケーションを図って課題を解決できるようになっていくのです。